映画館の独自価値と新しいビジネスモデルは
「全員でのオープンイノベーション」で創りあげる
|TAP Inside|東急レクリエーション(前編)

2022年5月26日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで95 件のテストマーケティングや協業、うち31 件の事業化や本格導入、うち7 件の業務・資本提携を実現してきました(2022年03月末時点)。TAP Insideでは、TAPを通してスタートアップとの協業を実現してきた東急グループ各社に、これまでの取組みや業界の見通し、オープンイノベーションで創りたい未来について聞いていきます。

今回登場するのは、109シネマズを中心に、ボウリング場やフィットネスクラブ等を運営する株式会社東急レクリエーション(以下「東急レク」)。東急の中でも指折りのスタートアップとの協業実績をもつ会社です。

映画館の新しいコンテンツや使い方をスタートアップと共に創っている東急レク。社長の菅野とTAP窓口の小俣に話を聞きました。聞き手はTAP管掌の役員、東浦。本記事は前編です。後編はこちらから。

※ 本インタビューは2022年4月に実施し、情報はその時点に基づいています。

エンターテイメント ライフをデザインする企業へ

東浦(TAP): まずは簡単に、東急レクについて、菅野社長から教えて下さい。

菅野(東急レク): 東急レクは、109シネマズを中心とする映像事業をはじめ、ボウリング場・フィットネスクラブ・スポーツコート施設・ホテル等を運営するライフ・デザイン事業、不動産のマスターリースを中心とした不動産賃貸を事業の3本柱としている会社です。2023年4月に開業する東急歌舞伎町タワーも弊社が手掛けています。

▲ 菅野 信三 (Kanno Shinzoo)
株式会社東急レクリエーション 代表取締役社長

1951年生まれ、75年東京急行電鉄(株)(現・東急(株))入社、事業開発部長、エリア開発本部企画開発部統括部長などを経て、2007年(株)東急レクリエーション常務取締役(映像事業部長)着任。2008年専務取締役を経て、14年 3月(株)東急レクリエーション代表取締役社長に就任、現在に至る。また、全国興行生活衛生同業組合連合会 副会長、東京都興行生活衛生同業組合 理事長、一般社団法人映画産業団体連合会理事にも兼任し、映画興行界を牽引。

東浦(TAP): 東急レクと言えば109シネマズが思い浮かぶ方も多いと思うのですが、売上は全体のどのくらいなのですか?

▲ 東浦 亮典(Touura Ryousuke)
東急株式会社 執行役員 フューチャー・デザイン・ラボ管掌

1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。現職は、執行役員 沿線生活創造事業ユニット 兼 フューチャー・デザイン・ラボ管掌。主な著書に『私鉄3.0』(ワニブックス刊)がある。

菅野(東急レク): ざっくりと300億円のうちの200億円です。

東浦(TAP): 残りの100億円ではどんな事業をされているのですか?

菅野(東急レク): 不動産賃貸事業、スポーツ事業、その他ホテル、カフェ、物流小売等々ですね。

東浦(TAP): フィットネス事業もしていますよね。

菅野(東急レク): フィットネスもスポーツ関連ですね。フランチャイズで「エニタイムフィットネス」を20箇所ほど運営しています。こうした健康関連事業は、今後ますます成長が期待できる領域ですね。

東浦(TAP): 映画産業はコロナ禍でのダメージも大きかったですよね。

菅野(東急レク): 2014年に「エンターテイメント ライフをデザインする企業へ」という経営ビジョンを掲げ、コロナ前から「劇場で見せる」以外のエンターテイメント創出に力を入れていました。なので「劇場が使えない」ということに対して全く準備ができていなかったというわけではないのですが、それにしてもコロナの影響は急で大きかったですし、正直これほど長期間に及ぶとも、当初は思っていませんでした。

人が集まる場所には入場制限や移動の禁止等の制限がかかりましたが、映画館では声を出さない。この点を行政に訴えて規制も緩和され、直近では少しずつ客足も戻ってきています。「鬼滅の刃」の興行収入が400億円を超えたことに代表されるように、良い作品が生まれればお客さまは映画館に来てくれるんだと、業界は今ホッとしているところです。

東浦(TAP): 109シネマズは何をKPIにしているのですか?

菅野(東急レク):  顧客満足度です。日本生産性本部のサービス産業生産性協議会公式の審査で、109シネマズは20182019年に全国で顧客満足度No.1を獲得しました(編注:2020年はコロナ禍のため実施なし、2021年は3位)。職員はこういったことをモチベーションとして頑張ってくれています。

現場担当者からスタートアップ面談リクエストが来る体制に

東浦(TAP): 東急レクリエーションは、TAPにも積極的に関わっていただいています。先日のDemoDayでもいくつかスタートアップとの協業が発表されていましたし、TAP参画事業者のうち1年で最も積極的に事業共創に取り組んだ事業者を表彰するベストアライアンス賞も受賞されていました。もちろん単純に数が多ければいいわけではないのですが、数多く取り組んでいただいてTAPとしても嬉しいです。会社としてはこの結果をどのように評価されているのでしょうか。東急レクでスタートアップとの連携を担当している小俣さん、いかがでしょう?

小俣(東急レク): DemoDayでベストアライアンス賞をいただいて、担当として非常に励みになっています。今回なぜこういう賞をいただけたかという視点で考えると、オープンイノベーションのやり方を体制や環境に合わせ少しずつ変えてきたのが功を奏したのではないかと思います。

▲ 小俣 明徳(Omata Akinori)
株式会社東急レクリエーション 事業創造本部 エンターテイメント開発部 課長 兼映像事業部 セールス・マーケティング部 マーケティング・プロモーション課 担当課長

1991年(株)東急レクリエーション入社。不動産開発、子会社出向から一般管理業務、スポーツレジャー事業部(現ライフデザイン事業部)の営業等を経て、現在の映像事業部にて劇場商品の製作・販売流通やイベントの企画運営、作品出資その他に関わった後、2016年より新設の事業創造本部へ兼任並び東京急行電鉄(現東急)へ出向。2018年より主に連携事業を担当し、翌年ロケーションVR施設に携わった後、2020年より現職。主にコンテンツやエンタメ全般における支援・開発を行っている。

東浦(TAP): 具体的には何を変えたのですか?

小俣(東急レク): TAPでは各事業をバリューチェーンに分解し、業務毎に抱えている課題とニーズをリスト化しています。東急レクでも映画事業を中心に作成し、私達担当ベースで把握しています。当初はそのリストをもとに、応募していただいたスタートアップの一次情報は我々のみで拝見し、ピッチに登壇した会社だけを社内の各担当者に紹介していたんです。ところが、やはり課題の細かいところまでは把握しきれていなかったり、スタートアップの話を聞いて改めて課題を発見・認識することは当然ありました。

そこで、一次情報の段階において「直接的には東急レクと連携イメージが湧かないが、もしかするとニーズがあるかもしれない」というスタートアップでも担当者に紹介するようにしてみたところ、「話を聞きたい」というケースが複数出てきたんです。もちろん最低限の確認はしていますが、今では可能な限り該当しそうな部署の担当者にスタートアップを案内するようにしています。TAPでは「東急グループの誰もがオープンイノベーションという選択肢を持ち、実行できる状態を目指す」と言っていますが、それに沿うような体制構築にも繋がると感じています。

新しいビジネスモデル創出のためのスタートアップ連携

東浦(TAP): 現場や営業の方が積極的にスタートアップに会いたがってくれるなんて、2015年にTAPを立ち上げたときからは隔世の感があります。東急レクなりの使い方をしていただいていて嬉しいです。

社長としてはスタートアップとの連携をどう見ていますか? 「もっとどんどんやれよ!」といった感じなのでしょうか。

菅野(東急レク): そのとおりです。先ほど「エンターテイメント ライフをデザインする企業へ」という経営ビジョンを紹介しましたが、とは言っても簡単にいくものではありません。なのでスタートアップと連携して新たな価値を生み出すということは、非常に会社の助けになっています。

オープンイノベーションのいいところは、自分の周りからだけの情報ではなく、色んなところから情報が入ってくるところ。だから意外なところでマッチングが生まれて、その意外性が独自価値になるわけです。

映画館という箱のビジネスで売上を上げようとすると、単価か集客人数を増やすしかありません。もちろん単価が上がればいいわけですが、簡単には上がらない。かと言って集客人数という限られたパイの取り合いに終始したくはない。なので新しいビジネスモデルが欲しい。だから新しいビジネスモデルを探れるTAPは、会社にとって渡りに船となっているんです。

東浦(TAP): なるほど。スタートアップから応募がたくさん来る中で、どんな企業と話をしたいと考えているのでしょうか?

小俣(東急レク): 自社では内製が難しかったり、スピード感が足りない、知見やノウハウが足りないものに対しては、積極的に担当と引き合わせて可能性を探りたいというのが基本的なスタンスです。ただ東急レクの事業は総合レジャー的な側面があるので、我々があまり範囲を決め込もうとは思っていません。

先述したようにバリューチェーン毎に色んな課題がある中で、「こんな解決方法があったか」という新しい発想や、「こうしたらいいんじゃないかな」という提案等、色んな形で上手くハマる様に考えながらマッチングを行っています。

前編はここまで。後半は、SHIBUYA109エンタテイメントの事業共創に取り組む狙いや、求めているソリューションについての話を聞きます。後編はこちらから。

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)