課題は現場こそが知っている。
109シネマズ担当者が冷凍パンスタートアップに会いたかったわけ
|TAP Inside|東急レクリエーション(後編)

2022年5月26日

東急アライアンスプラットフォーム(以下「TAP」)では、スタートアップとの協業を実現してきた東急グループ各社に、これまでの取組みや業界の見通し、これからオープンイノベーションで創りたい未来について、TAP Insideと題してインタビューを実施します。

前編に引き続き登場するのは、株式会社東急レクリエーション(以下「東急レク」)社長の菅野と、小俣。後編ではスタートアップとの具体的な取り組みについて伺いました。前編はこちらから。

※ 本インタビューは2022年4月に実施し、情報はその時点に基づいています。

109シネマズを使ったオープンイノベーション例

東浦(TAP): 東急レクは既に、スタートアップとのPoCにいくつも取り組んでいます。事例を紹介いただけますか?

小俣(東急レク): 直近では主に109シネマズを使ったオープンイノベーションに取り組んできました。今日は4つの事例を紹介します。

▲ 小俣 明徳(Omata Akinori)
株式会社東急レクリエーション 事業創造本部 エンターテイメント開発部 課長 兼映像事業部 セールス・マーケティング部 マーケティング・プロモーション課 担当課長

1991年(株)東急レクリエーション入社。不動産開発、子会社出向から一般管理業務、スポーツレジャー事業部(現ライフデザイン事業部)の営業等を経て、現在の映像事業部にて劇場商品の製作・販売流通やイベントの企画運営、作品出資その他に関わった後、2016年より新設の事業創造本部へ兼任並び東京急行電鉄(現東急)へ出向。2018年より主に連携事業を担当し、翌年ロケーションVR施設に携わった後、2020年より現職。主にコンテンツやエンタメ全般における支援・開発を行っている。

小俣(東急レク): まず東急レクとして「リアルとオンラインの融合」は、近年大きなテーマの一つです。その観点からは、2019年のDemo Dayで渋谷賞(準最優秀賞)をいただいたバルスとの取り組み。これは映画館の新しい使い方に関するものです。VTuberが劇場のスクリーンに登場して歌ったり踊ったりするのですが、劇場にもカメラとマイクが設置されていて、複数の劇場とコール&レスポンスができるという仕組みになっています。観客が盛り上がる様子を経営陣に見せたらその光景が非常に好感触でした。コロナ禍以降の環境変化で実施稼働が不安定なのですが、できれば(2023年開業の)新宿歌舞伎町タワー等でも定期化していきたいと考えています。

またTypeBeeGroupはイラスト付きのゲーム小説「TapNovel」を運営しているのですが、共同で作品募集コンテストを実施しており、受賞作品は109シネマズの劇場で人気声優さんによる朗読劇を実施します。これから秋に向け優秀作品の選定や朗読劇イベントを実施します。

エヴィクサーとは、映画の音と連動するバリアフリー字幕をスマートグラスにAR表示できる「字幕メガネ」を、映画館全館へ導入しました。これまで、聴覚障害者の方が健常者と一緒に映画を楽しむことができるのは、限られた上映回のみだったのですが、字幕メガネを使えば家族や友達と一緒にいつでも映画を楽しめます。そういったニーズの対象になる方が推定35万人いらっしゃるそうなのですが、仮にそのうちの10%が映画館に足を運んで下さったら、それだけで新しい3万5千人のお客さまに映画の楽しみを届けられることになります。こういった方々に映画鑑賞という体験価値をお届けできるのは嬉しいですし、これこそ(前編で紹介した)「エンターテイメント ライフをデザインする」という経営ビジョンの実現だと思っています。

余談ですが、菅野は「字幕メガネ」の普及を進めている全国興行生活衛生同業組合連合会という、映画関連の業界団体の理事を務めており、また当社における2022年度のテーマがちょうど「サステナブル」なんです。この取り組みは、結果としてここにも繋がるようなアクションともなりました。

現場の担当者だから解決できた「冷凍パン」の課題

小俣(東急レク): 映画館の運営に関しては、2021年度のDemoDayで東急賞(最優秀賞)を獲得したパンフォーユーとも取り組みを開始しました。同社はパンのロスを減らせる独自の冷凍技術をもっています。こちらは実は、前編で触れた「現場との課題解決についての認知の差」を痛感したという好例なんです。

当初我々はパンフォーユーを、福利厚生として取り入れられないかと興味持ったんです。パンを社内で販売するのに使えたらいいのではないかと。結局これ自体は事情があって実現できなかったのですが、折角良いサービスなので当社の各飲食系のセクション担当へ案内をしたのです。そうしたら「ちょっとこの会社に会って話を聞いてみたい」と料飲課(当時)から積極的な反応がありました。映画館のパン食材は既に冷凍なので大差ないだろうに、と最初は意外でした。

話を聞くと、今映画館で扱っている冷凍パンは、味を落とさないよう前日に数時間かけて自然解凍する手間のかかるやり方をしていたそうです。当然、当日になって数が足りないこともあるし、かといって売れ残ったら廃棄ロスになってしまう。しかしパンフォーユーのパンなら、電子レンジですぐに解凍できるから、解凍量の誤差が生じずチャンスロスがないんです。しかも映画館で上映している作品や季節ごとに色んなパンを出すこともできます。現場の活性化は、先程の顧客満足度を上げるという観点にも貢献するはず。そんな話を担当者が教えてくれました。冷凍パンの仕様差やオペレーションの影響までにはさすがに私も思い至りませんでした。現場の担当者はそれぞれ独自の課題を持っていて一概に類型化できない。思い込まずスタートアップを幅広く知ってもらうのは大事だなと感じたエピソードです。

それですぐにパンフォーユーとの取り組みがスタートして、現在は109シネマズ川崎からパンの提供を開始していますし、他の映画館での提供も順次拡大していきたいと考えています。

スタートアップと仕掛けたい、東急歌舞伎町タワーと街づくり

東浦(TAP): ありがとうございます。たくさん事例がありますね。さて東急レクと言うと、既に話に出てきましたが、社運をかけた新規事業である東急歌舞伎町タワーが2023年に開業します。ここにもスタートアップは関われますか?

菅野(東急レク):  それは是非色々な提案をしていただきたいです。東急歌舞伎町タワーにはライブハウスがあり、劇場があり、映画館があり、ホテルがあります。それに何と言っても、シネシティ広場がある。僕はこれがかけがえのない財産だと思っているんです。都心部にあれだけの広場があるんですから。ヨーロッパの都市にある広場みたいなものでしょうか。ここをどれだけ活かせるのかは非常に重要です。建物の中の演劇や映画ももちろんですが、広場の関係の中で別の価値が生まれることも期待しています。

▲ 菅野 信三 (Kanno Shinzoo)
株式会社東急レクリエーション 代表取締役社長

1951年生まれ、75年東京急行電鉄(株)(現・東急(株))入社、事業開発部長、エリア開発本部企画開発部統括部長などを経て、2007年(株)東急レクリエーション常務取締役(映像事業部長)着任。2008年専務取締役を経て、14年 3月(株)東急レクリエーション代表取締役社長に就任、現在に至る。また、全国興行生活衛生同業組合連合会 副会長、東京都興行生活衛生同業組合 理事長、一般社団法人映画産業団体連合会理事にも兼任し、映画興行界を牽引。

菅野(東急レク):  歌舞伎町というと危ないイメージもあるかもしれませんが、広場を中心に賑わえば少しずつ変わっていくと思います。街ってそういうものだと思うんです。だからわれわれは建物だけではなくて広場を使っていろいろなことを試していく。「昔は危ない街だったんだよな」と言われるようになるのが目標です。

そのためには、地域との関係を太くするための仕掛けも必要。僕らも考えていますが、何か良いアイデアがあったらどんどん出していただきたいです。

東浦(TAP): 東急グループとしても歌舞伎町タワーは、あれだけの高層ビルなのにオフィスがないし、商業もそんなに入れていない、ホテルとエンターテイメントにフォーカスした、かなり挑戦的なビルです。館の中だけではなく、その周辺の楽しみ方も含めて変えていきたいということですね。

▲ 東浦 亮典(Touura Ryousuke)
東急株式会社 執行役員 フューチャー・デザイン・ラボ管掌

1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。現職は、執行役員 沿線生活創造事業ユニット 兼 フューチャー・デザイン・ラボ管掌。主な著書に『私鉄3.0』(ワニブックス刊)がある。

菅野(東急レク):  地域の価値があってこその館ですからね。

東浦(TAP): では映像系の新しいテクノロジーだけではなくて、もっと幅広い提案があっていいということですね。

仮想空間に感じる、リアル→ネットの既視感

菅野(東急レク):  ひとつスタートアップやTAPにリクエストがあるのですが、いいですか? 私は「仮想空間」というものがまだ全然わかっていないんです。

東浦(TAP): メタバースみたいな。

菅野(東急レク):  難しいんですよね。ネットワーク社会はメタバースからみたらリアルじゃないですか。そのネットワークがあってリアルな世界と仮想空間はどう繋がるのか。この解がなかなか見つけられないんです。

菅野(東急レク): なぜこんな話をしているのかと言うと、私は1986年、自由が丘に「駅総合サービスセンター」というものを作ったんです。そこではお買い物代行サービスや本の取り置きサービスから不動産売買、もちろん旅行商品も売っていました。今スマホでやっているビジネスのリアル版ですね。自由が丘の駅に行けば何でもできるプラットフォームになっていました。

東浦(TAP): 今当たり前といえばあとはマッチングアプリとか…

菅野(東急レク):  結婚相談所はなかったな(笑)。

東浦(TAP): サービスメニューが60くらいありましたよね?

菅野(東急レク):  70ありました。やれなかったのは郵便局と役所の出張所くらいでしたかね。ただ当然、その時代から今のネット社会は残念ながら想像できていませんでした。それが今になって、ネット社会から仮想空間社会に進化しようとしている。当時と同じことが起きているんじゃないかなと今感じているんです。今度は社会の動きにちゃんとついていきたいんですよ。

今ネットで活躍しているサービスは、仮想空間でどうなるのか。どうしたら生き残れるのか。ここにチャレンジしていきたい。そう思っていますので、この分野で東急レクとの協業可能性があれば、スタートアップの皆さん、ぜひリクエストをよろしくお願いします。

東浦(TAP): メタバースには可能性がありつつも、まだ期待含みで先行投資みたいな面もあると、個人的には感じています。どうなるんでしょうね。

菅野(東急レク):  そう、わからない。リアルと繋がるのか、仮想空間だけで完結してしまうのか。リアルな自分と仮想世界の自分がいることになるのか。そうなったときに世の中は一体どうなるのか。自分の存在意義、人々の価値観等がどう変わるのか全然想像ができません。なのでどんどん教えていただきたいです。

東浦(TAP): わかりました。映画やライフ・デザイン、メタバース・仮想空間について、東急レクと仕掛けたいスタートアップは、是非TAPにお申し込み下さい。

菅野さん、小俣さん、本日はありがとうございました。

菅野(東急レク)小俣(東急レク): ありがとうございました。

▲ 左からTAP事務局の満田、東浦(TAP)、菅野(東急レクリエーション)、能美(同)、小俣(同)

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)