単なる会議ではなくコミュニティ。オープンイノベーションを導くために、
東急グループ27事業者がTAP定例でしていること
|TAPアセット探訪

2023年11月17日

スタートアップ企業等と東急グループのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで107件のテストマーケティングや協業、うち36件の事業化や本格導入、うち7件の業務・資本提携を実現しました。(2023年8月末時点)

シリーズ「TAPアセット探訪」では、TAPに参画する各事業者がもつアセットを訪れ、事業共創の可能性やそこから生まれる未来について伺います。

今回は「そもそもTAPってどうやって運営されているの?」という視点で、毎月開催している「TAP定例会」の話を聞いていきます。参加者は、共にTAPに積極的に参加している、東急不動産ホールディングス株式会社(以下「東急不動産」)の久保と、株式会社東急エージェンシー(以下「東急エージェンシー」)の菊井。TAPを通じた協業がどのように生まれるのか、迫ります。

観光分野でも注目される、東急不動産のNFT先進事例

―― 久保さんと菊井さんの自己紹介をお願いします。

久保(東急不動産): 東急不動産ホールディングス株式会社の久保と申します。

▲ 久保 日乃 (Kubo Hino)
東急不動産ホールディングス株式会社 グループ企画戦略部 イノベーション戦略グループ
2020年東急不動産(株)入社。初配属は分譲マンションの計画を担当し、2022年4月より現在の部署にて「既存事業の変革・新規事業の創出」を目的に、スタートアップや大企業との事業連携、スタートアップへの投資を行い、加えて社内新規事業制度の運営を担当。

久保(東急不動産): 私は4年前に東急不動産に入社し、住宅やマンションの計画に携わりました。2022年に企画戦略部イノベーション戦略グループに異動し、スタートアップとのオープンイノベーションを担当しています。兄が学生時代に起業した経験があり、スタートアップにはなんとなく親近感はありましたが、仕事として関わるのは初めてのことでした。

菊井(東急エージェンシー): 東急エージェンシーの菊井です、よろしくお願いします。

▲ 菊井 健一(Kikui Kenichi)
株式会社東急エージェンシー 事業共創本部 副本部長 兼 新宿プロジェクト推進本部 副本部長
東急エージェンシーにおける街づくりビジネス(渋谷・新宿歌舞伎町の再開発/メディア開発/企業コラボレーション/IPコンテンツ誘致/空間開発など)を中心に、東急グループリソースと社内外を結び付けるビジネスの推進を担当。
日本アドバタイザーズ協会デジタルマーケティング研究機構 幹事、デジタルサイネージコンソーシアム マーケティングラボ部会員。デジタルサイネージアワード、AD STARS、スパイクスアジア、東京インタラクティブアドアワードほか受賞。

菊井(東急エージェンシー): 私は1987年に新卒で東急エージェンシーに入社し、広告営業として東急グループを担当しました。その後、一般クライアントの営業を経て、デジタル系の新規事業開発に携わりました。例えば東急電鉄の自動改札機を通過した定期券データとケータイメールをリンクさせて広告配信するサービスや、「ranKing ranQueen(ランキンランキン)」立ち上げ、黎明期の動画ストリーミングサービスなどです。それから2002年に当社が出資を決めたネット広告の会社に出向しました。今思い返すとその会社は当時のスタートアップと言えるかと思います。

出向から帰任後はデジタルマーケティング部門の局長、渋谷や新宿歌舞伎町の街づくりビジネスをおこなう部門の局長を務め、2023年から事業共創本部の副本部長兼新宿プロジェクト推進本部の副本部長として、東急グループリソースと社内外を結び付けるビジネスの推進を担当しています。

武居(TAP): 菊井さん率いる東急エージェンシーには、TAPに早くから参画していただいています。

▲ 武居 隼人 (Takesue Hayato)
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 東急アライアンスプラットフォーム(TAP)運営事務局
2016年に東京急行電鉄株式会社(現、東急株式会社)に入社。グループ会社に出向後、営業を経てホームIoTサービスやガス事業の立ち上げに参画。2019年より現職。東急アライアンスプラットフォーム(TAP)及びShibuya Open Innovation Lab(SOIL)事務局として東急グループのオープンイノベーション推進に従事。

菊井(東急エージェンシー): TAPが2015年に始まっていて、我々は2016年からメンバーに入れていただきました。お話を伺い、あまりにも面白い取り組みなので「うちも加われませんか」とお願いしたんです。

というのも、GAFA-Mが台頭している中で、次の価値を創るスタートアップと何かを一緒にやりたいという思いが当時からあったんです。ただ当時の私たちはスタートアップとの接点が薄く、そんなときにTAPという活動と出会うことができたので、参加したんです。

―― 各社のスタートアップ企業との協業事例を教えて下さい。

久保(東急不動産): せっかくなので不動産と離れた領域での事例を紹介させていただくと、東急不動産の子会社である東急リゾーツ&ステイが運営する「ニセコ東急 グラン・ヒラフ」というリゾート施設で、株式会社HashPaletteとNFTに関する事業連携をしています(プレスリリース)。NFTの内容は、2023年のニセコのファーストトラック、つまりスキー場の初滑り権です。

これまで初滑りをしたい方は、寒空の中リフトに並んでいました。それも大変なので、だったら初滑りする権利をNFT化してみようと。NFTを購入した方は並ぶ必要がなくなり、どうしても行けなくなってしまった場合はそのNFTを二次流通することも可能です。

観光地×NFTという意味でこの組み合わせは先進的だったらしく、そういった面でも観光業界から注目いただいています。

菊井(東急エージェンシー): 素晴らしい事例ですね。

東急エージェンシーでは、2022年のDemo dayにも登壇したノウンズ株式会社との事例が挙げられます。ノウンズがもつ消費者ビックデータと東急エージェンシーがもつ分析手法やノウハウを掛け合わせ、データ取得から分析までをクラウド上で行える新サービスの共同開発を計画しています。

菊井(東急エージェンシー): 他には例えば、メディアとエンターテインメントコンテンツを組み合わせる試みとして、株式会社Type Bee Groupとの事例が挙げられます。

菊井(東急エージェンシー): 会社としては他にも、TAPでの活動だけでなく、応援広告の取り組みやまだ非公開のものなど、何件もオープンイノベーションに取り組んでいます。

TAP定例は「勉強会→テーマ概観→ディスカッション→ピッチ」の流れで運営

―― それではTAP定例について教えてください。まずは会議の流れの説明をお願いします。

武居(TAP): TAPでは毎月2時間×2回、参画事業者が集まって定例会を開催しています。まずは1回目の話をさせて下さい。

2023年度からなのですが、会の冒頭に勉強会を開催しています。TAP定例には東急グループから27事業社・約40名が参加していて、せっかくこれだけのメンバーが集まっているのだから、応募企業について話すだけでなく、その時々のトレンドや技術など、互いに学び合う場にしていきたかったんです。

最近だと例えば、特許庁と経産省が「事業会社とスタートアップのオープンイノベーション促進のためのマナーブック」をまとめていたので、特許庁のご担当者さまに勉強会を開いていただきました。またChatGPTを使ってサービス提供している方にお越しいただき、ChatGPTでどういうことができるのかといったお話を聞いたりしています。

菊井(東急エージェンシー): ChatGPTが返してくれる答えの真贋を見極める方法や、答えが偏らないようにするための方法、逆に偏らせる方法などを聞いたりして盛り上がりましたね。専門家に気軽に聞けるというのはよかったです。

武居(TAP): 勉強会が終わったら、次のステップです。TAPは24時間365日応募を受け付けていますが、1回目の定例会では、前月に応募していただいた企業についてのディスカッションを行います。が、その前に周辺領域調査をTAPからお話します。

TAP定例の様子

武居(TAP): 例えばクラウドファンディングサービスを提供する企業からの応募があって、TAP参加企業の多くがクラウドファンディングに興味をもっているとします。もちろんその1社について議論することも大事ですが、世の中にはクラウドファンディングを提供している会社が複数あって、マーケット全体でみるとどうなっているのかを知ることも重要です。それで全体概観を理解してから、個別企業のディスカッションに入ることにしています。

ただ周辺領域調査はあくまで、議論のたたき台みたいなイメージで、TAPが教えようという気持ちで資料を作っているわけではありません。異なる意見や視点があったら言ってくれるだろうと思っていますし、我々より詳しい方もいますからね。たたき台をベースに、意見をもらうような感じです。

菊井(東急エージェンシー): 取材を受けている2023年夏時点ですと、NFTや生成AIなどの情報を深めたいですね。これらの分野は少し前のXR/VRのようにサービスもプレイヤーも玉石混交で、一次情報だけでは見分けがつかなくて、ちょっと困っています。かなり昔ですがTAPがVR系のサービスをまとめてくれましたよね。あれにはけっこう助けられたんですよ。

武居(TAP): たしかに、そろそろその辺りはまとめられたらいいですね。

―― 生成AIを例にとると、それは今の時期のシードスタートアップに出資するVCの最重要テーマかと思います。そういった動きと周辺領域調査のテーマは似てくるのでしょうか。

武居(TAP): そうですね。新しい技術やトレンドが出てきたらスタートアップやVCが注目して、新サービスやそこに対する投資も増えます。そうすると今度はアセットがある大企業への問い合わせが増えて、連携事例が生まれていく。トレンドに流されすぎてはいけませんが、世の中で何が注目されているかは注視しています。

武居(TAP): さて、TAPから情報共有した後に、みんなで応募企業についてのディスカッションに入ります。各社から「この分野は既に取り組んだけど、こういうところが良かった」「ここはまだまだ改善が必要」「こんな視点もある」「この会社はこういう理由で、こういう注意が必要かもしれない」といったノウハウやティップスを共有し合えることも、この会議の特徴です。東急グループ各社にはそれぞれの領域の専門家も多いので、これもかなり役に立ちます。例えば広告に関することは菊井さんに話を聞く、といった具合ですね。これらを元に、どの企業との協業検討を進めるかをディスカッションします。

その結果、「この企業の話は詳しく聞きたい」となったとします。ここからが2回目の定例会です。

「これは東急不動産が個別で進めます」という案件はもちろん個別に進めてもらうのですが、複数社が興味をもった場合は、応募企業にピッチしていただきます。また、ピッチの様子は後日東急グループ各社に展開します。ちなみに、動画だけであればTAPに参加していない東急グループの従業員でも見られるようにしています。

―― 話を前に進める場合でも、ピッチしないこともあるんですね。

武居(TAP): 個別に進めた方がベストだと思えば、そうしてしまいます。場合によっては、TAPへの応募なしに進めるパターンもあるんです。

例えば不動産特化のSaaSのスタートアップ企業と私が面会して、どう考えても東急不動産にしか関係ないと思ったら、とりあえず東急不動産の久保さん達に「こんな会社で、連携するとしたら例えばこんなイメージかと思います」と、連絡して一旦話を進めてもらいます。

しかし、幅広い事業領域があることが東急グループやTAPの特徴でもあるので、応募を経由して幅広い視点で検討できる方がよいことがたくさんあり、応募フォームを紹介することが多いです。

定例後、社内でオープンイノベーションを進める工夫

菊井(東急エージェンシー): TAPは、個別のスタートアップ企業との連携はもちろん、勉強会やテーマ概観、トレンドといった話を皆さんから聞けるのはいいですよね。

東急エージェンシー単体としてもスタートアップ企業とのお付き合いはあるのですが、どうしても広告・マーケティング関連の企業に偏ってしまうんです。例えばVRはメディアやデジタルクリエイティブとも関連するので、この分野はある程度分かります。でも、FinTechやウェルネス、不動産テックといったことはあまりわからないんですよね。

東急エージェンシーは、事業の性質上、様々な業界の最先端の動向を知っておかなければなりません。それを東急グループ各事業領域のプロがきちんとコメントをしてくれるというのはありがたいんですよ。

久保(東急不動産): 私たちの部署もありがたいことにスタートアップ企業と面談する機会をたくさんもらっているのですが、どうしても我々の視点だけでしかディスカッションができません。それがTAPでは、東急グループという広い視点で、例えば渋谷を盛り上げたいという同じ目標をもっている方々と、色んな視点をもって渋谷についてのディスカッションができるし、その結果想定よりも大きな連携が生まれる可能性がある。

イノベーションを創出するといっても、1社だとやはり限界もあります。東急グループが一体となってやることで、大きなイノベーションが巻き起こせるのではないかなと感じるので、そういった点でTAPは貴重な機会になっています。

―― 定例会後の社内の連携の話も聞かせてください。社内の巻き込みに課題を感じている大企業の担当者も多くいるようですが、お二人の社内では、スタートアップやオープンイノベーションに対しての感度はいかがでしょうか。

菊井(東急エージェンシー): おっしゃる通り、現在抱えている業務が忙しくて新しいことに時間が割けない人、既存領域外の情報取得機会が少ない人は当然います。

久保(東急不動産): 東急不動産でも、もっとイノベーティブで新しいこと、面白そうなことに取り組みたいという方はいますが、やはり忙しくて手が回っていない印象があります。そういう時は「こういった面白い企業があるんだけど、何かやってみない?」という投げかけ方では情報を受け取った担当者としてもすぐに着手しづらいと思います。

なので、具体的に我々とスタートアップ企業でどんなことができるかというディスカッションを事前にしておいて、具体的に落とし込んだ案件を担当者に持っていきます。「取りあえずPoCやってみない?」と提案すると、その部署のネクストステップが明確になるので、そうすると検討に入っていける。そこまで頑張って攻めていっています。

菊井(東急エージェンシー): 東急不動産はこういった取り組みに前向きですよね。

久保(東急不動産): 社内に1人積極的な方がいて話がすぐに進むので、そういったキーパーソンは大事かもしれませんね。

武居(TAP): TAP事務局としては、菊井さんと久保さんは気軽に相談しやすいので、間違いなくキーパーソンです。社内にもそういう方がいるといいんでしょうね。

1:1ではなく、東急グループ全体でもっと大きなオープンイノベーションを

―― TAP定例を改善していく予定はありますか?

武居(TAP): もっとコミュニティとして活性化させたいんです。定例会は、基本的にはコアメンバーというか、同じ方が毎回参加しています。なのでみんな顔見知りで、一定程度はコミュニティになっているんです。定例会以外でも頻繁にやりとりしていて、マーケティングでわからないことがあったらTeamsで菊井さんに個別に連絡する、みたいなことが起こっています。

ただ2023年9月現在はコロナ禍の名残で、TAP定例はオンラインで運営しています。大人数のオンライン会議は発言しづらいじゃないですか。こちらも色々と話を振ってはいますが、限界はあります。なのでオフラインで集まる機会を増やして、もっとコミュニケーションが生まれるようにしたい。それが結果的にスタートアップ企業等との連携促進にも繋がっていくことになると思います。

菊井(東急エージェンシー): それは楽しみですね。元々僕たちがTAPに加わったコロナ前は、必ず対面で話をしていましたからね。武居さんの言うとおり、TAPは東急グループ各社が集まるコミュニティだと思いますし、コミュニティはやはりリアルだと強くなります。僕は昭和な人間なので飲みに行くのも貴重な機会だと思ってます(笑)。

久保(東急不動産): 先程、TAPがピッチ動画を送付してくれるという話がありましたが、東急不動産ではそれを社内に展開しているんです。そうすると事業部やグループ会社からけっこう反応があるんですよ。

そこから思いがけない連携が生まれています。だったら最初から、そういった連携に興味がある担当者もTAPに参加できたほうがいいのかなとも感じているので、社内での関係者を増やしていきたいですね。また東急不動産はCVCをもっていて、HashPort社も含め既に何社にも出資しています。そうした企業を東急グループ各社に紹介していきたいです。

武居(TAP): 東急グループの特徴は、TAPだけでなく、東急不動産のCVCのように、独自にスタートアップとの繋がりがあることだと思っています。それを各社に展開するのは確かに面白いですね。

菊井(東急エージェンシー): 社内からそういった反応がある東急不動産は素晴らしいですね。どうやって情報を展開していますか?

久保(東急不動産): みんなが興味ありそうなテーマで、定期的にイベントを開催しています。その際に「登録したらスタートアップ企業やイベントを紹介するよ」と言って、メーリスの登録を促してきました。今すでに約700名が登録してくれていて、それ経由でTAPのピッチ動画などを展開しています。

武居(TAP): 700名! それはすごいですね。

菊井(東急エージェンシー): TAPの改善という意味では、個人的には、東急グループ各社とスタートアップ企業が1:1の関係ではなくて、東急グループ複数社で連携できるといいなと思っています。例えばエンタメのスタートアップ企業と東急レクリエーションと東急エージェンシーみたいな。

久保(東急不動産): 確かに、東急不動産とスタートアップ企業だけでは限界があるなと感じたことはあるので、グループ会社を巻き込んで、大きな連携は目指したいです。また既に不動産分野だけでなく、10年後の未来を見据えて、不動産の脅威になるようなデジタル領域の会社との連携にも取り組んでいるので、TAPを通じて色んな方に幅広く会っていくのが今後の目標ですし、TAPをそうしたきっかけにしたいです。

武居(TAP): TAPを運営する立場としては、毎月の2時間×2回のミーティングの濃さや価値をどんどん高めていくのが仕事です。なので、もっと各社のニーズや不満を引き出さなければいけないわけですが、こうやって色々と言っていただける関係性は嬉しく思っています。この関係性を継続していきながら、改善していけるところは改善しないといけない。TAPが今のままでいいとは全く思っていないので、アグレッシブにどんどん良くしていきたいですね。

菊井さん、久保さん、頼りにしています。引き続きよろしくお願いします。

菊井(東急エージェンシー)久保(東急不動産): こちらこそ、よろしくお願いします。ありがとうございました。

(text: pilot boat 納富 隼平、photo: taisho)