オープンイノベーションに必須なのは蝶番。
WAmazingが語る、東急出向者が果たした共創の役割
|TAP2021 Demo Dayスペシャルセッション

2022年4月25日

2022年3月に開催された東急アライアンスプラットフォーム(以下「TAP」)2021のDemo Day。パンフォーユーが最優秀賞である東急賞を受賞して幕を閉じています。

TAP2021 Demo Day Report 最優秀賞は冷凍技術とITでパン屋の商圏を拡大する「パンフォーユー」。サステナブルと地域の活性化で東急グループ4社と共創を実現
-TAPの協業実績は100件を突破!-

https://tokyu-ap.com/library/report/2021.html

Demo Dayの当日には、2017年に東急賞を受賞したWAmazingの加藤CEOがスペシャルセッションに登壇。東急からWAmazingに兼務出向している溝渕と一緒に、5年間の共創を振り返りました。

WAmazingが属する観光業は、語るまでもなく2020年からの新型コロナウイルス禍に苦しんでいます。しかしWAmazingと東急は、2022年をインバウンド再開元年と位置付け、反転攻勢の準備を開始。両社の共創への取り組みについて聞きました。モデレーターは合同会社pilot boatの納富さんです。

インバウンドだけでなく、国内観光も。コロナ禍の方針転換

納富(pilot boat): それでは最初に、登壇者のお2人の自己紹介からお願いします。

加藤(WAmazing): WAmazingの加藤です。よろしくお願いします。

▲ 加藤 史子|Kato Fumiko
WAmazing株式会社 代表取締役 CEO

慶応義塾大学環境情報学部(SFC)卒業後、1998年に(株)リクルート入社。 「じゃらんnet」の立ち上げ、「ホットペッパーグルメ」の立ち上げなど、主にネットの新規事業開発を担当した後、観光による地域活性を行う「じゃらんリサーチセンター」に異動。 スノーレジャーの再興をめざし「雪マジ!19」を立ち上げ。 その後、仲間とともに「Jマジ!」「ゴルマジ!」「お湯マジ!」「つりマジ!」…など「マジ☆部」を展開。 国・県の観光関連有識者委員や、執筆・講演・研究活動を行ってきたが、「もう1度、本気のスケーラブルな事業で、日本の地域と観光産業に貢献する!」を目的に、2016年7月、WAmazingを創業。

加藤(WAmazing): WAmazingは、訪日外国人旅行者(インバウンド旅行者)向けに、オンライントラベルエージェント(OTA)と言われる観光プラットフォームサービスを展開するスタートアップとして創業しました。

具体的には、スマホで日本観光における5大消費と言われる宿泊、観光、買い物、交通、飲食をワンストップで提供しています。情報提供はもちろん、予約や決済もスマホからできるプラットフォームサービスです。コロナ禍で、2020年5月にサービスを一時休止しましたが、約2年ぶりに5月下旬からサービス再開予定です。

溝渕(東急): 私は東急から兼務出向してWAmazingとしても働き、経営会議にも参加させていただいています。ベンチャーの課題を肌で感じ、文化や事業計画の考え方についても大企業とは全然違うなと感じているところです。

▲ 溝渕 彰久|Mizobuchi Akihisa
東急株式会社 交通インフラ事業部 課長補佐

2008年東急入社。広告担当として渋谷および東急沿線におけるデジタルメディア等の新規媒体開発を手掛ける。2014年内閣官房オリパラ事務局に出向し、東京大会を契機としたユニバーサルデザイン化や大会時の輸送計画策定等に携わる。2017年観光戦略担当に復帰。東急グループのインバウンド戦略策定やベンチャー企業との事業共創を牽引。現在はWAmazingを兼務。

納富(pilot boat): ありがとうございます。WAmazingは2017年のTAP Demo Dayで、最優秀賞にあたる東急賞を受賞しました。当時はどんな協業案を描いていたのでしょうか。

加藤(WAmazing): まず東急さんは仙台空港、静岡空港、広島空港や北海道の空港など、複数の空港の運営をしていることを皆様はご存知でしょうか。インバウンド観光客にとって、空港は日本の玄関口。WAmazingのOTAと東急のアセットを組み合わせれば、インバウンド観光客によりよい体験が提供できる。そうした協業の絵を描いていました。

(image: WAmazing)

加藤(WAmazing): 当時はこれからどんどん訪日外国人が増え、2030年に6000万人という政府目標が掲げられていた時期。しかしご承知のとおり、2020年から始まったコロナ禍で我々の生活は一変し、外国人観光客はほぼゼロになりました。外国人観光客に関する統計は、1964年、つまり第1回東京五輪があった時代から始まっているのですが、奇しくも2020年の第2回東京五輪が開催されるはずだった年に、過去最低を記録することになります。運命などというロマンチックなものではなく業界全体が困り果てました。

WAmazingも溝渕さんをはじめ東急さんの力を借りながら、死闘を繰り広げることになり、色々な施策を繰り出すことになります。まず外国人だけでなく、日本人の観光もターゲットに含めることにしました。WAmazingはインバウンドによる地方創生を志して起業しましたが、地方の方が東京に行くことも広い意味のインバウンドだと考え、国内旅行もターゲットにすることにしたのです。

進む観光業のDX

加藤(WAmazing): そこで東急さんとの協業を新しく開始します。WAmazingには外国人の会員はいましたが日本人はいませんでしたので、東急さんの広告チャネル、例えば電車の広告や沿線のフリーペーパーを活用し、日本人へもWAmazingの訴求を開始。「限定感・季節感がある」「週末にちょうどいい」コンテンツを発信して日本人のユーザーを増やしていきました。また当時はちょうど夏休みの時期だったので、東急沿線の教育熱心な富裕層家庭のお子さんの夏休みの自由研究になるようなコンテンツを発信。ウミガメの産卵調査体験や、国土交通省管轄で今まで立ち入りができなかった第二海堡という、もともとは東京湾上の軍事施設のツアーを、日本人向けに販売開始しました。

加藤(WAmazing): また各地域・観光業界ではアナログな部分をDXしようという気運が高まり、そのお手伝いをしたりもしました。

納富(pilot boat): 具体的にはどんなDX施策を実施したのですか?

加藤(WAmazing): 例えばスキー場のリフト。今まではスキー場に行って現金でリフト券を買って、リフトの前でスタッフの方が今日のリフト券であることを確認していました。これをお客さまにクレジットカードで事前決済していただいて、発行されるQRコードを自動発券機にかざすとICリフト券が出てきてリフトに乗れる、という仕組みに変えてきました。

買い物のDXもしています。ヨーロッパなどでは「クリック&コレクト」という買い物形態が伸びているのですが、日本のお土産として人気なお菓子や化粧品をスマホから免税価格でECで購入することができ空港で出国時にその商品を受け取るというものです。

納富(pilot boat): DXするためには、非効率なアナログ部分の把握が必要ですよね。もともと観光業のアナログな課題は把握していたのですか?

加藤(WAmazing): そうですね。というのも、コロナ前の2019年のインバウンド観光客の8割は東・東南アジアの方々でした。この地域の平均年齢は20代、つまりデジタルネイティブ世代で、デジタルが当たり前、なんでもスマホで処理するのが当たり前の世代です。でも観光業は、海外でデジタルなことも日本ではアナログなことも多くて、以前から頭を抱えていたんです。それがコロナ禍で事業者さんの意識が変わり、DXが進んだという面はあります。

溝渕(東急): いつインバウンド観光客が従前の水準になるかはまだわかりませんが、政府が掲げる6000万人という目標や、今後の日本国内の消費を踏まえても、間違いなくその数は増えていくでしょう。なので空港をはじめ地域への人の流れを作ることこそが、地方の活性化につながると思っていますし、その際に上手くデジタルは使っていかないといけないと、東急グループとしても認識しています。東急百貨店や東急ホテルズとも連携して、地域に人とお金が流れるような仕組みをつくっていけたらなと思っています。

加藤(WAmazing): 今、東急百貨店の名前が出ましたが、先ほどご紹介した免税ECのクリック&コレクトでも連携しようとしています。最近、海外の方に日本酒やジャパニーズウイスキーが人気で、「じゃあ、WAmazingも免税ECでお酒を売りたいね」と当然社内で話題になりました。それで調べてみたのですが、酒類販売業免許は3期黒字じゃないと取れないらしいんです。

納富(pilot boat): スタートアップには厳しいですね。

加藤(WAmazing): そうなんです。なので、例えば東急百貨店さんと組んで、お酒も扱えないかと相談しています。先述した空港の無人受け渡しロッカーで免税ECを拡大する等、他にもいろいろ準備中です。

(image: WAmazing)

WAmazingが取るユニークなポジショニング

納富(pilot boat): (2022年3月に)全国でまん延防止等重点措置が解除されたり、海外ではマスクが必須ではない国が増えたりと、日常が戻りつつある気配もあります。需要復活にむけて、今どんな準備をしていますか?

加藤(WAmazing): 欧米やオーストラリア、ニュージーランド、ベトナム等、ゼロコロナ政策を取ってきた国が次々と開国に転じていていることもあって、WAmazingと東急は、2022年をインバウンド再開元年と位置付けております。

そんな中、東急さんと取り組んできた国内日本人旅行者向けの商品開発も、観光DXの取り組みも、日本発のOTAだからこそできる品揃えの充実が武器になると思っています。

溝渕(東急): もともとWAmazingは、外資系のOTAでは用意できないユニークなコンテンツ・サービスで、外国人会員を増やしてきたと認識しています。そういう意味では、コロナ禍で日本人向けに作ってきたコンテンツが、そのまま需要が回復してからの反転攻勢に繋がるでしょう。日本人が喜ぶコンテンツはインバウンド観光客にも喜んでいただけると思います。

納富(pilot boat): 日本人向けに作ったコンテンツが、そのままインバウンド観光客にも使えるものなのですか?

加藤(WAmazing): むしろ転用できるような商品開発を意識しました。日本人向けのアクティビティサイトは先発企業がたくさんいます。WAmazingはそれを追いかけるのではなく、ユニークだったり限定感があったり、SDGsや環境、エコツーリズムに絡むようなコンテンツを開発するようにしたんです。「こんな体験ができるのはWAmazingしかないね」というものを用意することに集中しました。

溝渕(東急): WAmazingがターゲットにしている台湾・香港・中国からのインバウンド観光客の中には、何回も日本に来てくれている方が大勢います。東急としては毎回渋谷にも来てほしいのですが(笑)、「日本に来たからには日本人が楽しんでいるものを同じように楽しみたい」というニーズは確実にあるんです。

納富(pilot boat): 今の話を聞いて「確かに」と思ったのですが、SDGsやサステナブルの隆盛は、ちょうどコロナ禍と時期が重なっています。他のライバル企業が先行しているわけではないので、今SDGsやサステナブルに新しく取り組むことはWAmazingが先頭を切れるチャンスなんですね。

加藤(WAmazing): おっしゃるとおりです。溝渕さんが説明してくれた香港・台湾・中国からのハードリピーターが数年前に最も検索していたのは、清澄白河のブルーボトルコーヒーでした。一般的な観光地とは全然違う、日本人でもコアなファンが行くようなところですよね。

じゃあコロナ禍で入国できない間に人気が出たものは何かというと、例えばスーパー・ニンテンドー・ワールドや、渋谷のMIYASHITA PARK、グランピング。これもインバウンド観光客向けのコンテンツではなく、日本人向けのコンテンツ。こういったものに関心があるのがハードリピーター層なんです。一般のインバウンド観光客の「京都・東京・大阪のゴールデンルート」ではなくて、「来日が5回目以上のあなたへ」といった感覚でコンテンツを用意することで、WAmazingはユニークなポジションを取ろうとしています。SDGsやサステナブルも同じような観点で、人気が出てくるところがあるかもしれませんね。

オープンイノベーションに必要なのは大企業の「蝶番人材」

納富(pilot boat): コロナ禍でWAmazingと東急の共創はまたゼロから描きなおしたかと思います。その間の溝渕さんの役割を教えて下さい。

加藤(WAmazing): まず東急さんには協業もですが、出資もしていただいていますし、出向者も出していただいています。それが溝渕さんです。溝渕さんがWAmazingに来てくれてありがたいと感じたのは、スタートアップの力学もわかるし、東急社内の調整もできる点。これが大企業とスタートアップの協業には非常に大事なんです。

オープンイノベーションの場面では、スタートアップのカウンターパートの部署・人は協業に乗り気だけど、社内はそうでもないということが間々あります。そこで溝渕さんのように蝶番のごとく間を取り持ってくれる方がいるのは大変心強い。最初の緊急事態宣言が出て渋谷の街に人がいなくなったときも、東急の市来専務はWAmazingの会議に参加してくださいましたし、これこそが大企業とベンチャーのあるべき形だと、非常に感謝しています。結果的にコロナ禍の2020年11月の苦しい時期にも追加で出資していただきましたし、今となっては東急さんは外部の筆頭株主。溝渕さんの存在なしに苦難は乗り越えられませんでした。

溝渕(東急): お褒めいただきありがとうございます(笑)。「事業共創」と言うのは簡単ですが、先程の免税ECの件にしても、空港や免税の業界慣習等がわかっていないと、どうしても突破は難しいんですよね。私ももちろんお手伝いはしましたが、加藤さんをはじめ、WAmazingのメンバーは困難なときもすぐに諦めるのではなく、あの手この手で少しずつでも事業を前に進めていくのは、私自身も勉強になりました。

納富(pilot boat): 社内調整は大変なんじゃないですか?

溝渕(東急): 大変です(笑)。自分の部署ももちろん大変なのですが、グループ会社を巻き込む機会が多く、そうすると自然と関係者も多くなるので、そう簡単に案件は進みません。しかしインバウンド需要が戻ってくる中で、手をこまねいているわけにいかないというのは、全員の共通認識でした。WAmazingが一つずつ課題を解きほぐしていくことで、なんとか協業が立ち上がってきているのかなと思います。

加藤(WAmazing): お互いに不満があったら、この協業は成立しなかったと思います。まだ成功したわけではないので恐縮ですが、本当に大企業とベンチャーの事業共創とはかくあるべきという事例になったと自負しています。

納富(pilot boat): 最後に、今後の共創の方向性を教えて下さい。

加藤(WAmazing): 数年前東急の役員の方々にWAmazingのプレゼンテーションをしていたのですが、このとき、あと2~3年で東急は創業100周年というタイミングだったんです。だから自然と「次の100年はどうするか」という議論になりました。

東急は高度経済成長を含めて、人口の爆増した東京・横浜を中心に、様々なサービスを提供して日本の発展を支えてきた会社。次の100年は海外からくる方々も含めて成長していかなければならず、やらなければならないことは多岐に渡ります。それにWAmazingがどう貢献できるか。ここが議論の出発点です。

色々と仕掛ける東急さんについていかなければならないので、自然とWAmazingもやることが増えていきます。よく「スタートアップは選択と集中が大事」と言われるのですが、それには完全に反していますね(笑)。あえてその教えに背いて、なんでもやっていかなくてはならない状況だと認識しています。

溝渕(東急): WAmazingとご一緒している領域は一言で「観光」と言っていますが、先程も話にでたように免税ECや宿泊 等、実際にはかなり幅広に協業しています。

東急グループの強みというのは、今加藤さんがおっしゃったように、なんでもできるし、なんでもやらなければならないという点です。「今後こういうことをすれば、もっとWAmazingとの取り組みが面白くなる」「戻ってくるインバウンドを迎え入れるために、こういうことをやればもっともっとよくなる」という話は、いくらでも出てくるはず。社内外で仲間を増やしながら、WAmazingとの取り組みをもっと良いものにしていきたいと思います。

納富(pilot boat): 加藤さん、溝渕さん、本日はありがとうございました。またアップデートさせて下さい。

左から東急の溝渕、WAmazingの加藤さん、pilot boatの納富さん

(写真:taisho)