OMO、EC、SDGs、外商。
小売りの変革期にこそ必要な、これからの購買体験
|TAP Inside|東急百貨店

2022年2月4日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで78件のテストマーケティングや協業、うち28件の事業化や本格導入、うち7件の業務・資本提携を実現してきました(2021年12月末時点)。

そこでTAPでは、スタートアップとの協業を実現してきた東急グループ各社に、これまでの取組みや業界の見通し、オープンイノベーションで創りたい未来について、TAP Insideと題してインタビューを実施します。

今回登場するのは、創業以来88年間渋谷に鎮座してきた東急百貨店。2023年には本店の営業終了が決まっており「だからこそ今、東急百貨店は変わらなければならない」のだと、社長の大石は語気を強めます。

そんな東急百貨店はこれまで、OMOやネットECでの購買体験、SDGsといった分野でベンチャー企業との連携を深めてきました。

今回は社長の大石次則と、ベンチャー連携の窓口である橋本崇顕に、百貨店の現状からテクノロジー等で解決したい東急百貨店の課題について、詳しく聞きました。聞き手はTAP管掌の役員、東浦(トウウラ)亮典です。

※本インタビューは2021年12月に実施し、情報はその時点に基づいています。

百貨店の良さとECは融合できるか

東浦(TAP): まずは東急百貨店の概要を教えて下さい。どのくらいの館を運営しているのでしょうか。

大石(東急百貨店): 東急百貨店は東京横浜電鉄株式会社(現「東急株式会社」)の百貨店部として、1934年に創業しています。2020年に営業終了した渋谷駅直結の東横店の大元ですね。今稼働しているのは全部で21店舗。「東急百貨店」の看板を掲げているのが本店等4店舗で、SC(ショッピングセンター形態)として渋谷ヒカリエのShinQs等が3店舗。残りの14店舗は、「東急フードショー」や「ShinQs ビューティー パレット」等の専門店が沿線各所にあります。売上は合計で1700億円弱です。

▲ 大石 次則(Oishi Tsugunori)
株式会社東急百貨店 取締役社長執行役員

1983年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。本社財務部に配属後、たまプラーザ東急SCへの異動をきっかけにSC開発・運営にかかわり、㈱東急モールズデブロップメント取締役社長、㈱東急電鉄 執行役員 運営事業部長を経て、2018年から東急百貨店社長を務める。

東浦(TAP): 百貨店というと、「親に連れていってもらうのが楽しみだった」なんて世代もいるでしょう。ただ直近ではコロナの影響もあり、逆風が吹いている。今、百貨店業界、あるいは東急百貨店が抱える問題意識・課題はどのようなものでしょうか。

大石(東急百貨店): 東浦さんの言う通り、百貨店は過去、小売りの王様でした。ワンストップでショッピングができるハレの場の象徴。それが百貨店だったんです。しかし80年代頃からでしょうか。東急グループも沿線にショッピングセンターを設けたり、百貨店の中にも家電や家具といったカテゴリーキラーといわれている業種が大型出店するようになった。その結果、大量に在庫・社員を抱える小売りという形態がレッドオーシャンの中にのみこまれたんです。

他方で百貨店の強みは、1つの売り場での圧倒的な商品やブランドの集積。我々が手がける東急フードショーもそうですが、こういう強みを残してどのように経営していくか、戦略を整えるタイミングにきているなと感じています。これは東急百貨店に限った話ではなく、百貨店各社が取り組まなければならない課題です。実際、積極的に新しいビジネスモデルに挑戦している同業他社も出てきています。

ただ東急百貨店は、2020年に東横店が営業終了し、2023年には本店がクローズする。業績が悪くて閉まるわけではなく、街の再開発に合わせての営業終了だとはいえ、同業他社よりも早くビジネスモデルの変革を進めなければならないという危機感はあります。

東浦(TAP): コロナの期間中、休業せざるを得なかった時期も長かったですが、その間社内ではどういう議論が出てきていたのでしょうか。

▲ 東浦 亮典(Touura Ryousuke)
東急株式会社 執行役員 フューチャー・デザイン・ラボ管掌

1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。現職は、執行役員 沿線生活創造事業ユニット 兼 フューチャー・デザイン・ラボ管掌。主な著書に『私鉄3.0』(ワニブックス刊)がある。

大石(東急百貨店): 今まで王様であったが故に、百貨店はお客さまが来るのをお待ちしている姿勢でした。しかしコロナ禍ではそれが叶わない。お客さまは店頭に行かずに自分の買い物をしたいと思っているので、当然ネットを上手く融合したショッピングを提供しなければいけないという話が加速しました。

そこで今後3年の中期経営計画を新しくつくる際に「いつでも、どこでも。ひとりひとりの上質な暮らしのパートナー。」というフレーズを掲げたんです。「いつでも、どこでも。」というのは「お店だけではなくてお客さまに常に24時間寄り添う」ということ。これは忙しかったりコロナだったりで店頭に行けない時も、ネット・ECを活用してお付き合いしていこうという宣言です。

東浦(TAP): 実際最近のEC売上はどうなっていますか?

大石(東急百貨店): コロナ禍を経て、お客さまがECでの買い物に慣れてきたと感じています。中元・歳暮やクリスマスケーキ、おせちなどは今まで予約の大半を店頭で受け付けていたのですが、2020年はネット予約の告知を強化し、その売上が店頭の売上に近づいています。ただこれは歳時期の動きであって、日常的なものではありません。そのためこの動きを日常の買い物にも定着させていこうと、施策を打っているところです。

興味深いのは、昨今東急線沿線の年配の方の中にパソコンでの買い物にチャレンジしようという方々が相当数いらっしゃることです。必要な方にはお客さまの画面を共有してもらいながら「ここのボタンを押してください」といった風に、東急百貨店のスタッフがお手伝いすることもあります。もちろんこれを全員にやっていては非効率なので、やりすぎては経営的によくないのですが(笑)、ただこれも新しい顧客接点ということでチャレンジしているところです。

東浦(TAP): ただ百貨店の良さは、館の独特の雰囲気だったり、気持ちのいい接客だったりするわけですよね。でもECではそれができない。このギャップについてはどうお考えですか?

大石(東急百貨店): 先程もお話しした「食」のように、圧倒的な品揃えでお客様に満足してもらうことは、ECでも強みとして出せるんじゃないかなと思っています。もちろん食に限らず、雑貨や洋服でも、ブランドの境目なく商品を選んでもらうという体験は、ECでも仮想的にできるんじゃないかと。そういったものを用意できる販売力(目利き力・編集力)・小売り人材の存在はショッピングセンターにない百貨店独自の強みですから、人に関しては大事な経営資源として活用していこうと考えています。実際2022年にはこういった世界観がはっきりわかるような施策を打ち出す予定です。

東急百貨店×ベンチャー企業の共創事例

東浦(TAP): 社内の話を聞けたところで、オープンイノベーション・TAP関連の話を聞かせて下さい。橋本さんは東急百貨店の担当として、TAPの仕事もしてもらっていますね。

橋本(東急百貨店): 私は東急百貨店の事業開発部と食品統括部を兼務しております。事業開発というのは文字どおり東急百貨店の新規事業を創設する部署でして、それもあってベンチャー企業とオープンイノベーションを仕掛けるTAPのメンバーとしても活動しています。食品部門を兼務していることもあって、食品に関する取り組みに携わることが多いですね。

▲ 橋本 崇顕(Hasimoto Takaaki)
株式会社東急百貨店 事業戦略室 事業開発部 事業開発担当 兼 食品統括部 EC推進担当マネジャー

2009年株式会社東急百貨店へ入社。入社後は食料品・子供洋品雑貨売場を担当。その後、テナントリーシング、服飾小物バイヤー、EC通販事業を担当し、2020年から事業開発部として新規事業に携わる。

東浦(TAP): TAPを通してどのようなベンチャー企業・ソリューションを探しているのでしょうか?

橋本(東急百貨店): まずはいわゆるOMO(Online Merges with Offline)、つまりオンラインとオフラインの融合には注目しています。この分野は自社だけではなかなか難しいので、スタートアップとオープンイノベーションを仕掛けていきたいです。

事例も既にありまして、例えばChompyというフードデリバリーサービスとの取り組みを、東急フードショーエッジからスタートしています。協業内容としては東急フードショーエッジのChompy上への出店に始まり、東急百貨店オリジナルのアプリも作りました。

東浦(TAP): こういう新しい取り組みをすると、今までの百貨店のお客さまとは異なる客層も取り込めますね。

橋本(東急百貨店): おっしゃるとおりです。リアルの百貨店をご利用されるお客さまはもちろんのこと、普段あまり百貨店をご利用されないお客さまにも新しく百貨店を使うきっかけになっています。

東浦(TAP): 他にはどういった事例がありますか?

橋本(東急百貨店): 新しい購入体験の提供として、父の日と母の日に「SELF」というサービスを取り入れました。SELFはインターネットのネットショッピングにおけるAI接客ツールで、ネットショッピングでもAIが店頭の接客員のようにお客さまと能動的にコミュニケーションをとることで、店頭のような購入体験を提供しています。SELFの導入で客単価は1.6倍、カートに移すまでのコンバージョンも2.5倍になっており、よい取り組みになりました。

東浦(TAP): コロナでお店には行けないとなると、そういうAIがサポートしてくれるというのは、価値が高いですね。なるほど。

東浦(TAP): OMOやAIを取り入れたショッピングを試行してきたということですが、今後はどのようなソリューションを探していきますか?

橋本(東急百貨店): 店頭とデジタルをシームレスにできるOMO関連は引き続き探しています。ChompyやSELFに次ぐような新しい購買体験を提供するデジタル施策もです。加えて、SDGsの流れも無視できません。SDGsについては例えば、2020年のデモデイで最優秀賞を受賞したヘラルボニーさんとも取り組みを実施しています。

大石(東急百貨店): OMOは東急百貨店の現在の変革期という意味でも大事だと考えています。先程も申し上げたように、2023年には東急百貨店本店が営業終了します。東横店営業終了の影響もあって、渋谷スクランブルスクエアに東急フードショーエッジをオープンし、東横のれん街を渋谷ヒカリエ ShinQsの地下に移設しました。ただそうすると、今まで本店で気軽にフード売り場を使っていただいていた(東急百貨店本店のある)松濤(しょうとう)エリアに住んでいる方々にとっては、フード売り場が遠くなってしまうわけです。そういう方々にはそれこそChompyのフードデリバリー等のサービスを提供していかなくてはなりません。渋谷エリアに東急百貨店という看板はなくなっても、不便のないようにしていくつもりです。

東浦(TAP): 東急はとにかくこの10年、「渋谷にオフィスを」「渋谷にホテルを」「渋谷に商業空間を」と、ひたすら「床」を作ってきました。ただこのコロナ禍もあって、次の渋谷まちづくり戦略「Greater SHIBUYA 2.0」では、もっと「住まう」「職住近接で暮らす」という要素を付加していこうと方針転換しています。足元で生活する方を増やしていこうということですね。そうするとたまのケーキや豪華なお惣菜だけでなく、日々食べるものも含めてクオリティの高いものを用意する機会は増えるんじゃないでしょうか。

大石(東急百貨店): そうですね。私たちとしては、そうやって渋谷で提供したものを、物流を上手く準備してあざみ野の東急フードショースライスで受け取ったり、池上の東急フードショースライスで受け取ったり、なんてことができればいいなと想像しています。沿線の方々にはめちゃくちゃえこひいきをして、かわいがってもらう存在になりたいですよね。

いつもの百貨店にないものを、どう伝えるか

東浦(TAP): 逆に、東急百貨店がスタートアップに提供できるものはなんでしょうか。

橋本(東急百貨店): 提供できるものはなんでもしていきたいのですが、これまでは例えば、期間限定出店・ポップアップでの出店という取り組みが多いです。その結果を踏まえ、必要に応じてリアル店舗なのか、もしくはECで継続的な取り組みを考える、というパターンが多いですね。

東浦(TAP): ポップアップは難しいですよね。先日東急からも出資している日本クラウドキャピタル社(株式投資型クラウドファンディング「FUNDINNO」を展開するスタートアップ)が、東急百貨店本店に期間限定で出店しています。FUNDINNOでクラウドファンディングした方々の商品が並んでいるのですが、普段百貨店を利用している方々があれをパッと理解できるかと言うと、難しい部分もあるでしょう。ただ、だからこそそれは、今まで数々の商品を世に紹介してきた百貨店の手腕に期待したいところだと思っています。

橋本(東急百貨店): TAP経由という意味ではFUNDINNOはもちろん、ユカイ工学やヘラルボニーもポップアップショップを展開していて、そこではまさに「自分たちのことを知らないお客さまにどうやってコンセプトを伝えるか」が重要な課題となっていました。あらゆるチャネルで上手くお客さまにコンセプトを伝えて新しい購買体験に繋げていくのは、百貨店のミッションだと思っております。

東浦(TAP): ヘラルボニーさんはアートなので「障害のある方が描かれたアートを展示しているんだな」と、見ればわかると思うんです。ただ複雑なビジネスモデル・コンセプトのものであればあるほど、ポンと商品を置いてもすぐにわからない。その結果売り場の評価として、「売れなかったね。じゃあこれで終わり」というのは協業の仕方としては勿体ないと思ってしまいます。

橋本(東急百貨店): 既存の仕組みだと、どうしても売上げとのひも付きで成果が測られてしまいます。ただ新しい取り組みである以上、本当に売上げが取れるかどうかは誰にもわかりません。売上げ以外でも何かしら新規事業として価値があるならば次回にも繋げていけるような仕組みが当社にも必要なのかなとは思います。

東浦(TAP): 大石社長、こうやって若い社員が「どうやったらよくなるか」と考えているわけではないですか。でもベンチャーというのは一点突破ですごい技術やアイディアはあっても、上場企業等と比較すると当然足りないものもあって、そこはある程度大目にみないといけないわけです。ただ往々にして大企業内では「なんだ、この会社は」「実績も信用もない」と、ダメな理由をあげつらう人がいるものです。東急百貨店ではオープンイノベーションを理解する風土はどうなっていますか?

大石(東急百貨店): だいぶ変わってきました。お店の中に閉じこもっているだけでなく、自分たちができないことを、他所の力を借りてやらなくちゃ、となっていますね。TAPであれば「一緒にソリューションを考えてもらえませんか」と、積極的に話ができるような土壌にはなってきていると思います。

東浦(TAP): なるほど。他にオープンイノベーションしたいと思っている事業ドメインはありますか?

大石(東急百貨店): 百貨店の強みである「外商」は強化したいですね。外商というのは上顧客とのパーソナルな繋がりです。ライフスタイルという旬のトレンドを追うのが商業施設(?)の使命なのですが、外商の場合は、顧客のライフサイクルを支えることも仕事だと思っています。つまり単にモノを売るだけではなく、顧客のライフサイクル(ゆりかごから墓場まで)のお手伝いをするのです。そういったところにも東急百貨店はしっかりアジャストしていきたいと考えています。

東浦(TAP): 百貨店の現場は「XXの売り場は何階でございます」という形式ですよね。しかし顧客の中には「今日はこういう用向きで来ました」という方もいて、「それならこれとこれとこれが必要ですね」とまとめて御用聞きしてくれるのが外商ですよね。カテゴライズされた売り場づくりではなく、お客さまのライフサイクルに合わせた売り場も、新しい価値なのかもしれません。

大石(東急百貨店): 外商でいいアイディアがあったらぜひ東急百貨店と一緒にしかけていきましょう。

東浦(TAP): OMO、新しい購買体験、SDGsに外商。夢ある新たな百貨店を創っていただけるように頑張ってください。TAPでも引き続きお手伝いさせていただきます。本日はありがとうございました。

大石(東急百貨店)橋本(東急百貨店): ありがとうございました。

▲ 左から東浦(TAP)、大石(東急百貨店)、橋本(東急百貨店)。右はTAP事務局の福井。

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)