協業だから実現した、
デパ地下×デリバリーDX|Chompy×東急百貨店

2021年11月15日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月に東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)から生まれた協業事例を紹介する本記事。今回は株式会社Chompy(以下「Chompy」)と、株式会社東急百貨店(以下「東急百貨店」)の事例を紹介します。

コロナ禍で大打撃を受けた小売業界。東急百貨店も当然例外ではありません。2020年の緊急事態宣言中には店舗が営業できなかったため、フードのデリバリーを検討するのは当然の流れでした。

「なんとかしてお客さまに商品を届けられないか」と感じていた東急百貨店は、TAPを通して出会ったフードデリバリーサービス「Chompy」との協業を決意。Chompy上でのフードデリバリーに始まり、オンラインで購入して店舗で商品を受け取るBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)をも実現するため、Chompyと共同で専用アプリを出すに至ります。

Chompy代表の大見さんと、東急百貨店の下山に、協業の内容や今後の課題について聞きました。

※本インタビューは2021年11月に実施し、情報はその時点に基づいています。

Chompyフードショーが出店。想定外のリピート率に驚き

――両社の出会いはTAPからですよね。ChompyがTAPに応募してくれました。

大見(Chompy): Chompyのサービスリリースが、コロナ禍になる少し前の2020年の2月。「オフィスワーカー向けのデリバリー」という特徴で打ち出していました。

▲ 大見 周平(Omi Shuhei)氏
株式会社Chompy 代表取締役
東大法学部を卒業後、2012年4月にDeNA新卒入社。入社後2年間は韓国ゲーム事業に従事し、1年弱のソウルオフィス赴任を挟みつつ、現地マーケティングチームの立ち上げ・新規ゲーム開発を担当。2014年4月から新規事業部署に異動となり、自動車領域・個人間カーシェアへの投資決定を推進し、Anyca(エニカ)の事業責任者を務める。2017年9月、子会社の株式会社DeNAトラベル代表取締役社長に就任。2018年5月、DeNAトラベルの売却を実施。2019年5月にDeNAを退職し、2019年6月に Syn, Inc.(現:Chompy) を創業。

大見(Chompy): そうなるとお弁当のデリバリーが重要になってきます。当然Chompyとしては独自のメニューを提供したい。そうすると、僕たちは提供エリアを渋谷からスタートしていたこともあって、東急百貨店のデパ地下に自然と目が向きます。連携の余地がないかなと調べていたところ、TAPがあるなと思って申し込んだんです。

下山(東急百貨店): TAPでは毎月応募企業のピッチ会を開いていまして、そこでChompyのプレゼンを聞きました。大見さんの言う通り、当時はまだコロナの影響が強くなる前で、東急百貨店としても今後オフィスワーカー向けデリバリーの需要が増えると踏んでいて、社内でも真剣に検討していました。その担当が私だったんです。

▲ 下山 拓郎(Shimoyama Takuro)
株式会社東急百貨店 事業戦略室 事業開発担当マネジャー
2008年4月、株式会社東急百貨店入社。入社から3年間、東急百貨店本店にて家庭用品・美術品の販売に従事した後、2011年8月から店後方部門に異動し、店舗の計数・予算管理を担当。2017年2月本社に異動し、営業管理部門・経営企画部門にてそれぞれ全社の予算管理や、紙製書類の電子化などを手掛ける。2019年2月、新規事業開発部門兼務となり、引き続き経営企画部門業務を担当しつつ、新規事業を立案・推進する。

下山(東急百貨店): 元々オフィスフロアへのお弁当デリバリーはやっていたんです。ただ全て自分たちでやっていたので、人手も時間もコストもかかる。なので効率化する仕組みが欲しいなと思っていました。大見さんはDeNAの出身じゃないですか。渋谷ヒカリエでもデリバリーを実施していたので、もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね。

だからこそChompyとしては「一緒にやりましょうよ」と提案してくれたのだと思いますが、他方で「むしろライバルになるかもな」とは感じていました。

――近しい事業で協業しようとする難しさですよね。Chompyとしては情報を出しにくかったのではないですか?

大見(Chompy): こちらとしては守るものがゼロなので、そういう意図はあまりなかったですね。むしろ東急百貨店サイドが「将来的にどうなるのか」「どんなやり方がベストなのか」を考えられるようにしなくてはいけないと思って、最初から将来を見据えて話すことを意識していました。

――そして協業の第一弾として、渋谷スクランブルスクエア内の「東急フードショーエッジ(デリ)」の19ショップの惣菜をChompy上で注文できるようになります。

SYNと東急百貨店が協業し、実証実験開始 デパ地下グルメをアプリから注文、1時間以内にデリバリー 複数店舗の横断注文も可能
(編注:Chompyの当時の社名は「株式会社シン」)

下山(東急百貨店): Chompyのアプリ上に東急百貨店が出店しました。百貨店として出店しているので、特定のショップだけでなく、複数のショップを横断して注文できる点が特徴です。

このリリースを出したのが2020年8月。当時はコロナの影響が拡大して4月には緊急事態宣言が発令され、店舗の営業ができないという危機的な状況だった時期です。いつ宣言が収まるかも予測できなかったですが、仮に収まったとしても以前ほどお客さまが店舗に来ないであろうことは容易に想像できる。そのため個人宅へのデリバリーが必要だろうと考えました。そんなときChompyのピッチを思い出して「一緒にできませんか」と相談したんです。

大見(Chompy): この出店は、最初のピッチのときに構想していたことが、そのまま実現したようなイメージです。もちろん契約形態やお金の流れ等の議論はしましたが、オペレーションとしては「このやり方しかないだろうな」と思っていたので、結果的にスムーズに対応できました。

下山(東急百貨店): オペレーションとして懸念していたのは、Chompyの配達員です。Chompyに限らずフードデリバリー各社の配達員の特徴は、四角い大きなバッグ。ただあれを抱えた方がたくさん店舗を歩くのは違和感がありますし、お客さまにぶつかって転倒する恐れもあります。なので配達員が売場内に入らない仕組みが必要でした。両社で協議した結果、店舗のバックヤードに配達員の待合所を設け、ここに東急百貨店のスタッフが商品を運ぶ方式で試すことにしました。実際に1年以上オペレーションしていますが、大きな問題もなく順調に運営できています。

▲ 渋谷 東急フードショーにあるテイクアウト用ロッカー

――出店の成果はいかがでしたか?

大見(Chompy): ぼちぼちですね(笑)。予定よりはちょっと注文数が少なかったくらいで、オペレーション等に混乱があったわけでもないですし、上手くいっていると思います。

下山(東急百貨店): 細かい分析はまだできていないのですが、リピートして利用してくださる方が多いですね。週何回も頼んでいるお客さまが想定以上に多いのは嬉しい驚きです。

最初は弁当の注文が多いだろうと予測していたので惣菜ショップだけで出店したのですが、実際の注文を見ていると「弁当とあんパン1個」「弁当とフルーツサンド1個」等、惣菜ショップからおやつになるようなメニューを一緒に頼む方が多かったんです。それで後からスイーツショップにも対象を広げました。

――東急フードショーエッジに出店している方々は出店に好意的だったのでしょうか。

下山(東急百貨店): 当時は店舗がコロナ禍で営業を自粛していた状態でしたので、むしろショップ側から「何かできませんか?」と求められることも多かったんです。なので「こういうことをやってみませんか」と持ち掛けたら、積極的に協力してくれました。

ファン増加や独自策を実行するための個別アプリ

――そして2021年の8月に、「テイクアウト&デリバリー by 東急フードショー」がリリースされます。

▲Chompy、東急百貨店とデパ地下体験をテイクアウト/デリバリーで再現した「テイクアウト&デリバリー by 東急フードショー」アプリを共同運営

下山(東急百貨店): もともと東急百貨店で、複数ショップの商品をまとめて受け取り可能なBOPISとデリバリーの取り組みをしたいと考えていたんです。自社でアプリを開発するか、既存のサービスでピッタリのものがあるか探していました。大見さんにも相談したら、ちょうどChompyで開発していると言います。だったら使わない手はないだろうと直感しました。

大見(Chompy): まず前提としてChompyでは、お客様のスマホにお店を開店できる公式アプリ/WEB無料開設サービス「Chompy」(以下、便宜的に「Chompyアプリ」と表記します)の提供を開始しています。これは飲食小売ブランドが簡単に公式アプリを作れるサービスです。この仕組みを使って東急フードショーに出店いただきました。

Chompy、ファンのスマホにお店を開店できる公式アプリ/WEB無料開設サービス「Chompy」のベータ版を提供開始

下山(東急百貨店): 半年ほどChompyに出店した中で、良いことも課題も見えてきました。Chompyはプラットフォームなので、あまり独自性のある取り組みはできないんです。それをやりたいとなると、どうしても自分たち専用のアプリをもつ必要が出てくる。だから大見さんから「個別アプリの展開を考えている」と打ち明けられて、真っ先に飛びついたんです。BOPISとデリバリーが両方できる点も、非常に魅力的でした。

BOPISに関しては、今までも恵方巻やクリスマスケーキみたいに、事前に予約をいただいて当日来ていただくということはやっていたんです。ただこれは日程や時間が決まっているもので、「いつでも注文・持ち帰りできる」ものではない。いつでもまとめ買い対応可能な仕組みは、システム的・オペレーション的な課題があって、自分たちだけでは難しいし、かといってゼロから開発するのはコストや時間がかかると、計画が頓挫していたんです。Chompyの新サービスのおかげで、「注文から最短30分で、店舗内のスマートロッカーからまとめてテイクアウト」という新しいBOPISに想定より早くチャレンジすることができました。

大見(Chompy): ストアフロント型と言われる自社アプリは、個人情報やお客さまとの接点を保てるので、良いUXを提供できることが店舗のメリットになります。またお店のファンとしては、プラットフォームよりも、お店から直接買いたいですよね。なのでEC事業者がAmazonや楽天に出店しつつ自社のホームページを持っているのと基本的には同じ構造で、それを飲食の領域で起こしているのがChompyアプリです。

とはいえ、どのお店でも独自アプリを用意すればいいというわけではありません。前提としてChompy等のプラットフォームを含めデリバリーやテイクアウトでそれなりに売上げていて、かつ多くのファンがいたり、ファンを増やそうとしているブランドでなければ意味が薄いでしょう。

今多くの飲食店がプラットフォームに参加した結果、競争が激化しているんです。なので一回購入いただいて好きになってくれた方に、いかに継続的に使っていただけるかが大事になっています。そういう意味でアプリ化は重要になってきていますね。

大事なのは運用。会員数を伸ばすために

大見(Chompy): お客さまの顔がわかるようになるというのは、飲食店で働く方の精神衛生上もいいようです。あるお店の店員は、接客が好きだから飲食店で働いていたのに、タブレットがピコンとなって料理を作り配達員に渡すのは「受託工場で働いているみたいだ」と仰っていました。

先程下山さんがプラットフォームでの課題という話をしていましたが、その一つは顧客との関係性です。どうしてもプラットフォーム上でのやり取りは匿名になってしまいがち。しかしChompyアプリ経由なら過去何回注文いただいているのか、どういうところが不満なのか・好きなのか等がデータで見やすくなっています。オフラインだと常連さんを認識していたものを、オンラインでもできるようになるイメージです。

――専用アプリを8月にローンチして2か月ほど経ちました。手応えはいかがでしょうか。

下山(東急百貨店): 新しいアプリを作ったので、ダウンロードゼロからのスタート。想定していたことですが、ユーザーにどう認知してもらうかが最初の課題で、未だ四苦八苦している状況です。

――フードショーを実際に使っている顧客層と、アプリを使う顧客層は少し違うような印象もあります。どのような方が使っているのでしょうか。

下山(東急百貨店): まずはもともとデパ地下に来ていた方々です。先程もお話しましたが、週何回も注文してくださるヘビーユーザーが想定以上にいたのは嬉しい誤算でした。他方で「興味はあったけど行くのが面倒」という方こそがメインターゲットでもあります。この層にどうやってアプリの存在を伝えるのかが今の課題です。

大見(Chompy): これは下山さんへのメッセージでもあるのですが……。メディアで成功事例が報道されてしまうせいか、DX・オンラインツールは魔法の杖で、導入するとすべてが上手くいくかのように思われている節があります。成功の背景には泥臭い運用の努力があって、ファンを少しずつ作ってオンラインで購入いただいている、というのが実態です。

この仕組みはネット系のスタートアップにとっては当たり前なんです。かなり頑張ってやっとサービスが軌道に乗る。サービス導入側にも同じくらいの熱量で取り組んでいただかないと、当然アプリも伸びていきません。それを認識して、どのくらいそこにリソースを投下できるのかが次の勝負になるかと思います。

下山(東急百貨店): まさにリソースをなるべく割けるように社内で調整している最中です。アプリの運用は社内的にも受注件数に課題を感じたり、手間がかかるところもあるのですが、ここでの売上を伸ばさなくてはいけないという意識は共通しています。デジタルについてはChompyさんの方が詳しいので、アドバイスもいただきながら頑張らないと。

大見(Chompy): 本件に限らずですが、東急さんにはスタートアップとのオープンイノベーションを成功させてほしいと思っているんです。TAPという入口があるのも素晴らしいですし、実際にコミュニケーションを取っても、スタートアップに対するリスペクトが感じられる。単刀直入すぎて失礼になりかねない発言をしても耳を貸していただけますし、今みたいに「力を貸してくれ」なんて言ってきてくれる。百貨店に限らずグループ全体でそうですよね。なんででしょう。

下山(東急百貨店): (TAPのスタッフを見ながら)TAPのおかげですかね?

TAPスタッフ: スタートアップにそう言ってもらいたいなと思って頑張っています(笑)。

――引き続き頑張りましょう(笑)。ところで、インタビューをしている2021年11月現在は、緊急事態宣言も開けて東急百貨店も通常の営業状態に戻ってきています。そうすると、以前の状態に加えて今回のデリバリー業務もあるわけで、現場の方々は仕事が増えて忙しくなっているのではないでしょうか。

下山(東急百貨店): 営業時間としては元に戻した店舗もありますが、お客さまは戻りきっていないのが現状です。(取材を実施した)渋谷ですと、街には人が増えているのですが、東急百貨店の顧客層はまだ戻ってきていない印象です。

というよりも、皆さんコロナ禍においてフードデリバリーやECを上手く使いながら生活をしていたはずですので、完全に元に戻るかというと、多分厳しい。ただこれは裏を返せばデリバリー・BOPISを根付かせるチャンスでもあります。OMO(Online Merges with Offline)と言われていますが、お客さま・生活者がデジタルを自然に受け入れているんだから、それを店としてもうまく取り入れる。そういう姿勢が必要かなと思っています。

例えば東急百貨店は沿線に食品専門店をいくつか運営しているのですが、今回の仕組みをこちらにも横展開していけるかもしれません。デリバリーやBOPISを自然なインフラにしていきたいなと個人的には考えています。

大見(Chompy): そのためには、まずはChompyアプリでの成功が必要ですよね。東急百貨店が覚悟をもってやっているので、Chompyとしてもそれに応えなくてはならない。双方にとって重要な局面です。ここで良い事例ができれば、東急の次の展開につながって、我々はもちろん皆さんの生活が良くなる。そのためにも今回の取り組みを成功させたいですね。

対談はこれにて終了。実際に、下山さんにテイクアウト(BOPIS)をしてもらいました。

▲ 「テイクアウト&デリバリー by 東急フードショー」のアプリから注文します。今回はたこ焼きを頼んでみました。
▲ 渋谷駅地下の「渋谷 東急フードショー」。その一角にテイクアウト用ロッカーがあります。
▲ たこ焼きができたら、東急百貨店(渋谷 東急フードショー)のスタッフがロッカーにしまいます。ロッカーは常温・冷蔵に対応可能だそうです。
▲ 商品の準備ができたらアプリに通知がきます。
▲ ロッカーで暗証番号を入力したら……
▲ 受け取り完了! たこ焼きゲットです。

「テイクアウト&デリバリー by 東急フードショー」。渋谷にいる方はぜひお試し下さい!

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)