熱量の高い体験には訪れる。
Z世代の一次情報をもつSHIBUYA109エンタテイメント社長が語る、
今の若者論|TAP Inside|SHIBUYA109エンタテイメント(前編)

2022年1月14日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで78 件のテストマーケティングや協業、うち28 件の事業化や本格導入、うち7 件の業務・資本提携を実現してきました(2021年12月末時点)。

そこでTAPでは、TAPを通してスタートアップとの協業を実現してきた東急グループ各社に、これまでの取組みや業界の見通し、オープンイノベーションで創りたい未来について、TAP Insideと題してインタビューを実施します。

今回登場するのは、SHIBUYA109渋谷店(以下「109」)等のショッピングセンター(以下「SC」)を運営する株式会社SHIBUYA109エンタテイメント(以下「SHIBUYA109エンタテイメント」)。2021年新たに社長に就任した石川は「Z世代を主要顧客にする109は、Z世代起業家との共創が必要」と語ります。

109社長の石川、TAPとの窓口も担当する内藤に、109の強みやZ世代起業家に求めるもの等、詳しく聞きました。聞き手はTAP管掌の役員、東浦です。本記事は前編、後編はこちらから。

※本インタビューは2021年12月に実施し、情報はその時点に基づいています。

109に若者の調査機関がある理由

東浦(TAP): 最初にSHIBUYA109エンタテイメントの概要を教えて下さい。109が目立ちますが、他にも色々と事業がありますよね。

石川(109): SHIBUYA109エンタテイメントは、皆さんもご存知であろうSHIBUYA109という象徴的なSCを運営しています。また109のパッケージ業態として大阪の阿倍野と鹿児島にも店舗を展開。他にも渋谷スクランブル交差点にあるMAGNET by SHIBUYA109、109内に直営のIMADA KITCHENというフードのインキュベーション事業を展開したり、エンタメのポップアップストア「DISP!!!」を運営しています。またこれらの事業を支える「SHIBUYA109 lab.(以下「lab」)」というマーケティング機関の存在も当社の特徴です。
現在はコロナ禍ということもあって対面でお話を聞くのは難しいのですが、毎月200人ほど109に来てくださる若者にグループインタビュー等を実施しています。

▲ 石川 あゆみ | Ishikawa Ayumi
株式会社SHIBUYA109エンタテイメント 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ。名古屋大学卒業後、通信事業者、出版系IT企業を経て、2008年に東急株式会社に入社。東急グループの顧客基盤強化戦略におけるデジタルプラットフォーム構築、共通ポイント制度設計などを担当したのち、リテール事業部にて東急グループのリテール事業戦略策定、EC/OMO戦略策定に携わる。同時期に、渋谷の大手IT企業とともに小中学生向けのプログラミング教育事業を立ち上げた。
2021年4月にSHIBUYA109エンタテイメント社長に就任。趣味は子育てとキャンプ。

東浦(TAP): 若者とはどのくらいの世代を指していますか?

石川(109): around20。いわゆるZ世代で15~24歳くらいです。同じZ世代といっても、高校生と24歳では使えるお金も違えば、友達との遊び方も違う、それぞれの年齢やライフスタイル、好きなものなどそれぞれに異なるインサイトがあります。限られたお財布の中身をどんなことに使っているか、109に来なくなったという方が、どういうインサイトをもっているかという話は興味深いですよ。

東浦(TAP): 109に来ない人にも話を聞くんですね。

石川(109): 109を卒業してしまった方には「なぜ来なくなってしまったのか」という話を聞きます。
それが、趣味嗜好が変わったからなのか、他にもっとわくわくする場所ができたからなのか、理由次第で109としてのアクションも変わってくる。私たちのマーケティングやMDが影響しているのかといった分析にも生かしています。

東浦(TAP): やはり生の声は学びがありますか?

石川(109): 商業の運営現場での気付きがあるのはもちろん、labのグループインタビューに毎週参加していますが、本や話で知るのと、直接Z世代の話を聞くのでは全然違います。labメンバーは皆、年齢も感覚も若く、Z世代と同じようにSNSをチェックしたり、情報を収集しているので、グループインタビューに参加する若者とも同じ目線で話ができ、リアルな感覚を話しやすいのだと思います。

東浦(TAP): labができる前はこういった機能がなかったと聞いています。109がギャルファッションでブレークしたのが2007年頃。お客さんが勝手に来てくれた時代だったから「調査なんてする必要はない」ということだったんですかね。なぜlabを設立したのでしょうか。

石川(109): 当時私が109に携わっていたわけではないので定かではないですが……。ただ時代の流れを見てみると、昔はファッションが個性を表す象徴でした。「ファッションの109」「マルキューファッション」というものがあり、それを自身に体現するため109にお越しいただいていたという時代が当時だったと思います。

しかし今の若い子たちはそうではありません。何にお金を使うのが自分のモチベーションになるのか、自分をどう表現するのかの方法が多様化し、ファッションだけが個性を決める時代ではなくなりました。だから若年層の心の機微を捉えるには、やはりマーケティングの専門機関を持っていないといけない。換言すれば、今までの商売を変えていくための手段としてlabの機能を抱えているんです。

「推し」も個性の一つになる時代

東浦(TAP): 109自体がマーケティング機能を備えようということですね。個性の象徴がファッションではなくなっているという話は興味深いです。

石川(109): 現在109のフロアには約100テナントに入っていただいています。昔は9割以上がファッションのテナントだったのですが、今はエンタテインメントや雑貨等が増えて、ファッションは全体の7割くらいになっているんですよ。

東浦(TAP): へー! それも個性の多様化の流れでしょうか。どんなショップが多いのですか?

石川(109): 先程お話したIMADA KITCHENのような食分野もですが、エンタテイメント分野、いわゆる「推し活」関連は多いですね。若い子の「推し」への熱量は本当に高いんです。

石川(109): ファッションに関して聞くと「好きなブランドはない」という子が多くて「このブランドだから絶対買いたい」という思いは薄れているように見えます。GU等プチプラなアイテムを上手く使いながら、その日の遊びや友達に合わせて自分の好きなテイストを作っているのがZ世代ですね。

それに対して、例えば推しているアイドルのグッズに対しては投資を惜しまない。お金のかけどころが変わっています。その変化に合わせ109としても、若い子の推し活の熱量を吸収できるような場を作っていかなければならないと思っています。

東浦(TAP): 109はSCなのでショップの誘致等が業務の中心になると思いますが、それ以外にも取り組んでいることはありますか?

石川(109): 自分たちがブランドを作っていくインキュベーションプラットフォームが「IMADA MARKET」です。他のSCにはないお店だけが揃っている必要はないと考えていますが、とは言えここにしかない新しいブランドはこれからも育てていきたいと思っています。

また昨今は、ファッションに限らずお客さまに直接商品を届けるD2Cブランドが活躍していますよね。ただD2Cブランドもそのお客様も、ネットで全部が完結すればいいと思っているわけではないようで、リアルの場を求めているという声も聞きます。ブランドはお客さまの声を直接聞きたいですし、お客さまは試着してみたい。この声を吸収するため、D2Cブランドの109への誘致を進めています。出店いただきやすいよう、内装投資や店員の準備の必要もなく、商品さえ用意していただければポップアップの売り場を用意できるような仕掛けになっています。

熱量が高い体験には足を運ぶ

東浦(TAP): そもそもですが、SCや百貨店といった商業ビジネスは、どのように変わってきているのでしょうか。小売りの現場の未来をどのように見ていますか?

内藤(109): コロナを含めた色々な影響を受けて、今SCを含めた小売りは転換点にあると感じています。

▲ 内藤 文貴 | Naito Fumitaka
株式会社SHIBUYA109エンタテイメント マーケティング戦略事業部 企画戦略部 マネジャー

千葉県船橋市生まれ。2006年東急モールズデベロップメント入社。SHIBUYA109公式通販の営業、プロモーション、システムディレクションなどをEC事業全体の管理を行う。2017年よりSHIBUYA109エンタテイメントへ出向。アプリの開発、QRコード決済導入など店舗のDX化を実施。2020年より現職で会社全体のデジタル活用の方針策定などを推進。

内藤(109): まず現状の109の話をすると、我々のターゲットは若い子で、親から「遊びに行くなよ」なんて釘を刺され、まだ足を運べていないのが現状です。

東浦(TAP): 「渋谷なんか行っちゃダメ」だと。

内藤(109): グループインタビューでもそういう話があると聞いています。昔だと休日に友達と近郊から渋谷に買い物に来ていた。しかし今はそれができない。コロナも少しずつ収束に向かうとは思いますが、それでも「目的はないけど渋谷に行く」といったことは少なくなっていくでしょう。

話を小売業全般に戻すと、どんな形態であれ「目的」が必要になってくるかと思います。単純に「新しいショップがオープンします」だけでは厳しい。D2Cブランドにしても単純に「ポップアップを出しました」だけではお客さまは来ない。そこにどんなエッセンスを加えるべきなのか。今まではブランドにお任せしていましたが、今後は商業施設側も一緒に知恵を絞っていかなければならないと思っています。

東浦(TAP): コロナの影響で109も長期間休業していましたよね。社内の雰囲気はどうでしたか? というのも今説明いただいたように、109に限らず商業施設は館でテナント構成を考えながらお客さんを待つという商売を何十年もやってきたわけです。それがコロナ禍では通用しなくなった。社内ではどういう議論があったのでしょうか。

石川(109): まずは消費者の実態がどうなっているのか、グループインタビュー等で継続的に確認しています。例えば一時期ニュースで「若者が出歩いている」「渋谷に集まっている」「意識が低い」なんて報道されていましたが、私たちが調査した結果では「全然そんなことはない」とわかりました。それを踏まえて「彼らと一緒に、今取り組めることはなんだろう」と。

そこで注目したのが、Z世代の社会課題に対する意識の高さです。社会課題に対してどうアクションするのか考えるプロジェクトを、三井物産アイ・ファッション社と一緒に立ち上げました(プレスリリース)。学生達が考える場をつくって、ショッピングだけではない若者との関わり方を考えることにしたんです。

石川(109): また若者はコロナを気にしてお店には来なくても、好きなアーティストのライブには気をつけに気をつけて行くんですよね。つまり熱量の高い体験には足を運べる。だからこそ、109としてもどのようにそういった体験を作るのかが、大事なテーマだと考えています。

例えば2021年の夏に、IMADA KITCHENで「ヤクルトのアイス屋さん」をオープンしました(プレスリリース)。昔から良く知るヤクルトが109とコラボしてアイスを発売という話題性、味はもちろん大切なのですが、思わずSNSで拡散したくなるビジュアルになっているか、店舗のデザインはどうするかといった、全体の体験価値の向上にはかなり気を使っています。多くのお客さまは来ないかもしれないけど、来ていただいた方にどれだけ楽しんでいけるかに注力する。これは新しい観点での取り組みになりました。

前編はここまで。後半は、SHIBUYA109エンタテイメントの事業共創に取り組む狙いや、求めているソリューションについての話を聞きます。後編はこちらから。

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:日野 拳吾)