脱炭素・熱中症対策・工具管理DX。
「0」から挑む建設業のオープンイノベーション
|TAP Inside|東急建設(前編)

2021年11月29日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで60件のテストマーケティングや実証実験、28件の事業化や本格導入、うち、7件の業務・資本提携を実現してきました(2021年10月末時点)。

そこでTAPでは、スタートアップとの協業を実現してきた東急グループ各社に、これまでの取組みや業界の見通し、オープンイノベーションで創りたい未来について、TAP Insideと題してインタビューを実施します。

今回登場するのは東急グループのゼネコンである東急建設株式会社。(以下「東急建設」)。「脱炭素」「廃棄物ゼロ」「防災・減災」という3つの提供価値を掲げ、この分野を中心にスタートアップとの協業に取り組んでいます。

東急建設から登場するのは、社長の寺田光宏と、社長直下で新規事業を担う価値創造推進室イノベーション推進部の関本良平。聞き手はTAP管掌の役員、東浦(トウウラ)亮典です。

※本インタビューは2021年10月に実施し、情報はその時点に基づいています。

オープンイノベーションは関係ないと思っていた?

寺田(東急建設): 東急建設の寺田です。東急建設に入社したのは1979年。約40年この会社にいますが、前半の20年間は土木の現場を担当しています。最初に大阪支店へ配属となり東急不動産の仕事を、東京へ異動した後は東急電鉄の鉄道工事に携わりました。その後本社に移り、2019年から社長を務めています。

▲ 寺田 光宏 | Terada Mitsuhiro
東急建設株式会社 代表取締役社長

1957年静岡県生まれ。79年徳島大学工学部建設工学科(土木専攻)卒業、同年東急建設入社。2010年執行役員鉄道建設事業部長、12年取締役常務執行役員土木総本部長、16年取締役専務執行役員土木本部長、18年代表取締役副社長執行役員就任、19年より現職。

寺田(東急建設): 今日の本題であるオープンイノベーションですが、正直にいうと数年前まであまり自分ごととは捉えていませんでした。ですからTAPが発足された時も「東急建設にはあまり関係がないのかな」と。

そんな中東急建設は、2021年に新しいビジョンを掲げました。「0へ挑み、0から挑み、環境と感動を未来へ建て続ける。」です。「0から」という部分については、新規事業・新しい領域に挑戦していこうという想いを込めています。環境変化の激しい世の中では、今の本業だけを守っていくという考えでは難しいので、新しい領域の事業を進めていかなくてはならないというわけです。そう思って新たに、社長直轄の組織として「価値創造推進室」を作り、新規事業創出をミッションの一つとしました。

寺田(東急建設): そうと決まれば、TAP、ひいてはスタートアップの皆さんとアライアンスを組み、新しい知恵を注いでいただきたい。本業である建設業とも上手くコラボしながら新規事業を伸ばしていければと考えています。

東浦(TAP): 関本さんは、そのできたばかりの価値創造推進室のメンバーですね。

関本(東急建設): はい。私は2011年の入社でして、最初は九州支店に配属になりました。2年ほど熊本県山都町病院現場の事務、九州本土をはじめ沖縄や奄美大島など離島の現場を経験した後、2016年に本社に来て、価値創造推進室の設立と同時にこちらに配属になっています。

▲ 関本(東急建設): 良平 | Sekimoto Ryohei
東急建設株式会社 価値創造推進室 イノベーション推進部

2011年東急建設入社。入社後は九州支店にて建築部で現場事務・工務を担当。その後、管理本部総務部にて、規程改定や社屋管理・改変の企画立案・実施等に取り組み、2021年4月から価値創造推進室イノベーション推進部で社内外の新規事業・オープンイノベーションを担当している。

関本(東急建設): 私も今までオープンイノベーションと近いところにいたわけではないので、正直TAPについては詳しくありませんでした。というのも、そもそも建設業はクローズドイノベーションの傾向が強い業界だと感じています。ただ、ここに配属されたからというわけではないですが、オープンイノベーションがあってもいいはず。今ではイノベーションやTAP自体を東急建設内に広めていくという活動にも力をいれています。

東浦(TAP): 関本さんからクローズドイノベーションという言葉が出てきましたが、建設業界は確かに横並び意識が強いですよね。「xx建設があれをやったから、うちでもやってみるか」という感じで、内向きなイメージです。

関本(東急建設): 前提として、建築基準法等の法令の関係で、建設業はプロダクトの差別化が難しいという側面はあります。ただ逆に言えば、他社でやっていることは自社でもできるということでもある。だから横並びになりやすいし、最初にやったことが標準化されやすいんです。また現場で何か新しい挑戦をしようとしても、設計事務所や不動産オーナーの許可が必要というのも、イノベーションに手を付けにくい原因の一つだと思っています。

私が現場にいたときは雨や雪が多かったので「早く人工太陽を作ってくれ!」なんて思っていました(笑)。人工太陽かどうかはさておき、そういう要望を出す場所すら今まではなかったので、価値創造推進室の設立を契機にリクエストしやすい環境にしていきたいという想いはあります。

東浦(TAP): 本社の事務職から現場には口を出しにくい、なんてこともあるんじゃないですか?

関本(東急建設): そんなに言いにくい雰囲気はないですね。ただ我々が技術の本質まで理解できているかと聞かれると難しい部分もあるので、その点は素直に聞くようにしています。

東浦(TAP): 現場と本社が共にそれぞれの役割を果たしてるんですね。

東浦(TAP): 話を価値創造推進室に戻して、この組織は社長の判断で作ったのか、それとも下から作りましょうと提案があったのか、どちらでしょうか。

寺田(東急建設): 先述したように、東急建設は今年「0へ挑み、0から挑み」というミッションを据えました。これには今まで「挑戦する意識が希薄だった」風土への問題意識があります。

もちろんこれまでも新しい新規事業へは挑戦してきました。しかし結局は好景気に阻害されてきたんですね。本業である建設でそれなりの利益が出ていたので、わざわざ危険を冒して新しい領域に踏み出す必要はないだろうと。その結果新規事業への意識が薄くなってしまったと反省しているんです。

また同じ過ちを繰り返してはいけない。「新規事業をやるぞ、やるぞ」と言いながらもできないようではいけない。この危機感から新しく作る組織には新規事業というミッションを与えることにしました。それが価値創造推進室です。なのでみんなの意見でもあるし、トップの判断でもある、ということです。

東浦(TAP): 価値創造推進室を作る前には、新規事業の提案制度みたいなものはなかったのですか?

寺田(東急建設): 制度はあったのですが、有名無実化していました。というより、提案が良かったとしても、どの部署がどう責任をもちプロジェクトとして進めていくのかが決められていなかったんです。この反省も活かして、価値創造推進室は社長直轄の組織として、責任を負う仕組みにしています。

東浦(TAP): TAPを運営するフューチャー・デザイン・ラボも、東急株式会社の髙橋社長直轄の組織なので、そこは似ていますね。

工具管理効率化や熱中症対策で連携を進める

東浦(TAP): 建設業全体を俯瞰すると、いわゆる先頭を走るスーパーゼネコン各社が圧倒的な工事量・売上高を占めていて、次いで中堅ゼネコンが位置しています。東急建設は中堅ゼネコンに分類されることが多いですが、オープンイノベーションにも力を入れていくということで、上を追いかけるのか、それとも別のポジショニングを作っていくのか、どうお考えでしょうか。

寺田(東急建設): 2030年に向けた長期経営計画では、収益性は高めていくものの、必ずしも規模を拡大する方向とはしておらず、上を追うというイメージではありません。とはいえ、企業としては成長しなければいけない。

ではどうやって東急建設の特色を出していくか。まず我々の競争優位の源泉は人材とデジタル技術だと認識しています。この2つの優位性によって独自のポジションを築いていく。そのために重要なのは人材とデジタル技術の育成です。世間ではDXが大きく騒がれていますが、自分達のDXというものをしっかり見据え、競争優位の源泉にしたいと思っているところです。

東浦(TAP): 私達東急もよく発注側になるのですが、東急建設に対応していただくもの・他社にお願いするもの、東急建設からの提案をお断りすること・当社からの要望をお断りされること、といろいろなパターンがあります。ただ選んだ・選ばなかった理由を考えてみると、提案内容ということもあるのですが、やはりどうしてもコストが大きな比重を占めてしまいます。デジタル技術や提案力というところで特徴があると、確かに「この件に関しては東急建設だよね」となる。この点は社内外からの期待が大きいと思います。

東浦(TAP): そういった中で関本さんをはじめ価値創造推進室が、少しずつオープンイノベーションという仕組みを使って色々なチャレンジをされているかと思います。いくつか事例を紹介いただけますか?

関本(東急建設): 例えばTAP2020 Demo DayでSOIL賞を受賞したアイリッジとは、RFIDを使って現場の課題、具体的には工事現場の工具管理に関するDXに取り組み始めています。

現在工事現場では、現場に入るたびに紙帳票で「この工具が何個あった」というチェック項目を作って、毎日目視で確認しています。これは必要な作業ではあるのですが、どうしても時間がかかってしまう。そのため工具にRFIDを付けてアプリで工具をぱっとチェックできるようにすれば、ペーパーレスにもなるし、現場の効率化に繋がるというわけです。建設業界は今人手不足に喘いでいるので、こういったソソリューションがあれば人手は少なくて済みます。工具がデータ上で確認できるものメリットですね。まだ実証実験中ではあるものの順調に進んでいるので、この仕組みは、自社で使うだけでなく、他社にも拡げていけないかと考えているところです。

東浦(TAP): 他社への展開も検討されているのですね。他にはいかがでしょうか?

関本(東急建設): ウェアラブルデバイスを活用した深部体温を研究するMEDITAとは、工事現場における熱中症予防管理システムの構築に向けて実証実験を行っています。工事現場には、屋外作業や空調設備が整っていない室内等の厳しい労働環境もあるので、熱中症のリスクが高いんです。その軽減のためにMEDITAと組み、事前に対策をしていこうという取組みです。

詳細はまだお話できませんが、他にも検討は進んでいます。東急建設が掲げる「脱炭素」「廃棄物ゼロ」「防災・減災」という3つの提供価値を中心として、スタートアップとの連携を模索しているところです。

東浦(TAP): 所謂SDGs・ESGは、資本市場での会社の評価に繋がるということもあって、影響が大きいですよね。建設業でいくと、ビルオーナー・発注者側だけでやれることは限られてくるので、プロジェクト全体の設計や施工段階から、色んなプレイヤーが一緒にならないと解決できない問題がたくさんあるなと感じています。

関本(東急建設): 特に脱炭素については、価値創造推進室の中に新たにサステナビリティ推進部を創設し、そちらがメインとなって進めています。新規事業という立場からすると、例えば現場の解体材をそのまま単純に廃棄するのではなく、それを販売できないかと考えているところです。また、東急建設では、建設廃棄物選別ロボットを共同開発したので、これをもう少し上手く使っていきたいとも考えています。

寺田(東急建設): 環境分野での他社との取り組みという意味では、下水汚泥から水素を製造するというプロジェクトにも参加しています。技術自体はある程度確立しているのですが、連続運転やボリューム感にまだまだ課題があるので、それについて共同研究しているところです。

前編はここまで。後半は、東急建設によるスタートアップ投資や、東急建設のアセット、注力分野についての話を聞きます。後編はこちらから

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)