「苔」で地下鉄の空気がよくなるかも!?
求む新横浜駅待合室と
地下鉄環境改善イノベーション
|TAPアセット探訪~東急電鉄編

2024年1月22日

スタートアップ等と東急グループのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで108件のテストマーケティングや協業、うち36件の事業化や本格導入、うち7件の業務・資本提携を実現しました(2023年10月末時点)。
「TAP アセット探訪」シリーズでは、TAPに参画する各事業者がもつアセットを訪れ、事業共創の可能性やそこから生まれる未来について聞いていきます。

今回訪問したのは、東急電鉄株式会社(以下「東急電鉄」)のアセットである、2023年3月に開業した東急新横浜線新横浜駅改札そばにある待合室「Shin-Yoko Gateway Spot」と、東急田園都市線の地下区間5駅リニューアルプロジェクト
Green UNDER GROUND」。この2つのリソースがどんな協業をしてきたのか、今後どんな取り組みをしていきたいのか、深堀りした内容を紹介します。

単なる待合室だけでなく、新しいモノとサービスの実験場に

2023年3月18日に日吉駅~新横浜駅を結ぶ、東急新横浜線が開業しました。新横浜駅は新幹線が通っていたり、横浜アリーナや日産スタジアムがあったりと、アクセス向上の恩恵を受ける方も多いのではないでしょうか。

日吉駅から新横浜駅までは約7分

そんな新横浜駅には、「Shin-Yoko Gateway Spot」と名付けられた待合室があります。

3人の後ろにあるのが新横浜駅「Shin-Yoko Gateway Spot」

とはいえ、ここを単なる待合室にするつもりはありません。東急電鉄はこの場所をオープンイノベーションの実験場としても使っていこうとしています。

東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 施設課 主事 坪井 正治(右)
東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 施設課 技術員 林 佑紀(中央)

Shin-Yoko Gateway Spotのコンセプトは「レイズトレード(Raise Trade)スポット」。レイズトレードとは元々、生産地の持続的な発展に配慮した取引手法を意味する言葉。「新横浜駅の利用者はもちろん、沿線に住む方や働く方の暮らしを支えたい。新横浜駅周辺の持続的発展に貢献したい。そんな思いからこのコンセプトを掲げました。モノやアイデアをシェアすることで、新横浜駅周辺のライフスタイルの質を高めていきたいです」と、Shin-Yoko Gateway Spotを担当する坪井と林は意気込みます。

ちなみに、こうして完成したShin-Yoko Gateway Spotは、国土交通省が後援する鉄道建築協会賞も受賞しました。

「せっかくこういう場所ができたのだから、Shin-Yoko Gateway Spotは色んな方々が関わる実験場にしていきたいと思っています。東急電鉄が得意としてきた、綿密な計画を立てて慎重に物事を進めるといったやり方だけでなく、もっと大胆に、色々なことを試せる場所にしていきたいんです」(坪井・林)

新幹線ユーザー・ビジネスパーソン・観光客向けサービスを募集中!

それではShin-Yoko Gateway Spotで、どのようなことが行われているのか、今後どういう方とどういった連携をしていきたいのか、みていきます。

Shin-Yoko Gateway Spotを案内してもらうTAP事務局の武居(左)

新横浜駅には東急新横浜線の他、相模鉄道(相鉄)とJR東海(新幹線)の駅があるため、同駅は3社の結節点となっています。そこでShin-Yoko Gateway Spotの内装デザインには、相鉄のレンガ、JR東海の東海道新幹線再生アルミ、そして東急電鉄駅舎の廃木材「えきもく」も使われました。各社の象徴的な内装材を使うことで、3社の結節点を表現しているのです。例えば上の写真に写っている内装には、相鉄のレンガ、東急電鉄のえきもくが使われています。

上写真の銀の半円は、JR東海の新幹線で使われていたアルミから作られています。

ちなみに「えきもく」とは、過去に東急の舎で使われていたの古材のこと。歴史ある木造駅の記憶を未来に継承することや、工事に伴う環境負荷軽減を目的に、様々な場所でベンチや駅舎などに使われています。

旧池上駅の廃木材「えきもく」が使われています。(「大田区立池上図書館」のベンチの一部)

話をShin-Yoko Gateway Spotに戻しましょう。Shin-Yoko Gateway Spotでは、株式会社ベルデザインが開発したワイヤレス給電システム「POWER SPOT」を設置しています。

POWER SPOTでは、シールの上にワイヤレス充電対応のスマホを置くと充電が可能

新横浜駅は忙しいビジネスパーソンが多い街。そんな方々に役立つサービスは何かと考えたときに思いついたのが「スマホの充電」でした。そうして導入したのが、駅舎内としては日本初となるワイヤレス充電スポット「POWER SPOT」です。

Shin-Yoko Gateway Spotでは、ワイヤレス充電スポットのように、ビジネスパーソンに役立つプロダクトを求めています。ここに貴社のサービスを置いてみませんか?

またShin-Yoko Gateway Spotには、上写真のようなモニターも設置されました。単なるモニターなら珍しくありませんが、実はこのモニター、単に既存のコンテンツを流すのみならず、オリジナルの動画も配信できる仕組みになっています。

例えば開業したばかりのころは、駅長の挨拶などが配信されていました。将来的には、既にある東急電鉄のYouTubeコンテンツや、相鉄と東急がお互いのエリアに遊びに行ったり沿線を紹介したりといった、社員・駅員発信のコンテンツも増やしていきたいそうです。先述したレイズトレードの概念にもマッチしますね。

商業CMは放映しにくいのですが、オープンイノベーション関連の動画ならこちらも上手く使える可能性があります。放映コンテンツをお持ちの方、ぜひTAPまたは東急電鉄にお声かけください。

他にも、過去にはAIを活用した自動販売機を設置したり、Shin-Yoko Gateway Spotは色んな施策に取り組んでいます。

上で紹介したもの以外にもShin-Yoko Gateway Spotでは、新横浜駅の新幹線ユーザーや近隣のオフィスワーカー、コロナ禍から復活してきたインバウンド観光客向けの飲食ソリューションをもつ方々の提案などを、お待ちしています!

地下区画5駅リニューアルプロジェクト「Green UNDER GROUND」

さて、話を新横浜駅から都内に移します。続いて紹介するのは、2021年から約10年をかけて東急田園都市線の地下区画5駅(池尻大橋、三軒茶屋、 駒沢大学、桜新町、用賀)をリニューアルするプロジェクト「Green UNDER GROUND」です。

既に駒沢大学駅のトイレが新しくなったり、全国初の耐火・構造技術を導入した木造駅ビルが建設されていたりと、リニューアルは着々と進んでいます。

上の写真は、工事中の駒沢大学駅西口の駅ビルの様子。コンクリートではなく耐火構造が施された木での建設を進めています。これによりCO₂ 約56トンを固定化し、CO₂排出量を抑制する見込みです。

Green UNDER GROUNDという名前からは「自然」を思い浮かべるかもしれませんが、「『Green』には『緑』だけでなく、『快適・安心』『スムーズ』『クリーン・サステナブル』『親しみが生まれる』『新しさがある』といった想いが込められています」と、プロジェクトチームは語ります。

残念ながら地下駅には、暗い、汚い、暑いといった、ネガティブなイメージをもつ方も少なくありません。Green UNDER GROUNDでは、こういったイメージを払拭し、脱炭素・循環型社会の推進および地域に開かれた「サステナブルな地下駅」を目指していきます。

「具体的には、安全対策はもちろん、列車排熱の流入を防ぐ下り壁の設置、木材の使用による環境負荷低減や素材のアップサイクル、地域との連携などの施策を進めていきたいです。」(プロジェクトチーム、以下同様)

そんなGreen UNDER GROUNDの推進は東急電鉄単体では困難であり、スタートアップや大企業の新規事業開発など、たくさんの組織とタッグを組んでいく必要があると考えています。

プロジェクトチームに、これまで実際に取り組んできた協業プロジェクトとして、「KOMAZAWA MOAI FARM」「『苔』栽培による空気清浄化プロジェクト(以下「苔プロジェクト」」の2つの事例を紹介してもらいました。

東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 設備プロジェクト課 課長 山口 洋賢

地域を巻き込んだ、資源循環のための農園

まずは駒沢大学駅の事例です。

Green UNDER GROUND第1弾として始まった駒沢大学駅のリニューアルコンセプトは「UNDER THE PARK」。1964年に東京五輪が開催された駒沢オリンピック公園の最寄り駅として、「GREEN」「WELL-BEING」といったイメージの空間創出に力を入れています。

既にリニューアルが完了したトイレには旧玉川線の敷石として保管されていた廃材を天板に活用し廃材処理時のCO₂削減を実現したり、環境に配慮したリニューアルが進められています。またベビーカーと一緒に入れるトイレ個室やエレベーターの整備など、お客さまが過ごしやすい環境整備も意識してきました。

2023年には箱根駅伝での優勝をはじめ、大学3大駅伝三冠を達成した駒澤大学が近隣にあることから、大学と連携し地域の方々からの応援メッセージを駅に掲載。世田谷区に練習グラウンドがあるラグビーチーム「リコーブラックラムズ東京」とのイベントも開催しており、地域事業者との連携も深めています。

東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 設備プロジェクト課 課長補佐 塚田 麻由美

そんな駒沢大学駅の協業事例として紹介したいのは、駒沢大学駅前地域循環プロジェクト「KOMAZAWA MOAI FARM」。主催したのは東急電鉄、株式会社イマックス、株式会社ドトールコーヒー、そしてスタートアップ企業である株式会社フードリボンです(上記3社につき、以下「株式会社」を省略)。

KOMAZAWA MOAI FARMは、駒沢大学駅にある、イマックスが所有する更地約2,300㎡を活用し、「駒沢大学駅周辺の事業者、地域住民参加型の環境・循環」をテーマにした農園を約4ヵ月間オープンするという企画です。事業者や住民が一体となって、街の魅力や価値を再発見するようなまちに開かれたコミュニティ創出を目指したもので、地域住民や商店街、大学、議員など、様々な方々に参画いただきました。

画像引用

そんなKOMAZAWA MOAI FARMで実現したかったことは、「ゴミの出ない街」「循環型の街づくり」「地域内資源循環」でした。その具体的な取り組みとして、抽出後のコーヒー粉(コーヒーグラウンズ)をメタン発酵装置を通じて堆肥化して農園の肥料にしたり、コーヒー豆を運ぶ麻袋を使用したプランターで植物を育てました。なお、コーヒー粉や麻袋は(主催者の内の1社である)ドトールコーヒーショップ駒沢大学駅前店に提供していただいています。

この取り組みに協力していただいたのが、フードリボンでした。同社は環境に優しいパイナップル葉残渣を使った素材開発の技術をもち、循環型社会の構築を目指す沖縄県のスタートアップです。

「フードリボンのパートナー企業である株式会社リバーステクノロジーが開発したメタンガス発酵装置を使うためには相性のいい生ゴミが必要で、その一つがコーヒー粉だったんです。それで農場のそばにあったドトールコーヒーショップにその提供をお願いしました。フードリボンにも協力を仰いで、なんとか地域で資源を循環することに成功しました。

KOMAZAWA MOAI FARMでの取り組みを通して、半径500m以内の生ゴミを集めて肥料化することはできそうなことがわかったので、こういった取り組みを他の駅や沿線、全国に広げていきたいです。」

東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 設備プロジェクト課 技士 内田 裕介

他にもKOMAZAWA MOAI FARMでは、農園で苗植えや水やりなどの野菜栽培や、地域資源循環に関するワークショップを実施。地域に住む方々に参加いただいています。またこれらに参加するとフードリボンが提供するMOAIポイントが付与され、ポイントに応じて、企業が在庫処分する予定の洋服や小物、規定外の野菜などの商品と交換できるという仕組みも提供しました。

KOMAZAWA MOAI FARMの取り組み自体は2023年10月で終了しましたが、Green UNDER GROUNDは、このような地域を巻き込んだサステナブルな取り組みを広げていきたいと考えています。実際、まだ公開していないものの、現在スタートアップ数社と次の動きを仕掛けているようです。

「駅や街に変化がないと、住民が高年齢化してだんだん電車に乗らず、街にも活気がなくなってしまう。だから駅や街には新陳代謝を起こさなくてはならない。そのために必要なのが『コミュニティ』だと私たちは考えています。サステナブルな街づくり、駅に共感してもらえるスタートアップ等と、一緒に駅や街を盛り上げていきたいですね。」

「苔」を使って地下鉄の空気環境を改善する

続いて紹介するのは、「WITH THE CHERRYBLOSSOMS」をコンセプトに掲げる桜新町駅のプロジェクトです。

駒沢大学駅と同様、桜新町駅でも建物の木造化によるCO₂削減や廃材のアップサイクルなどを取り入れながら進むリニューアルですが、今回紹介したいのは同駅構内で実施されている「苔プロジェクト」です。

東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 設備プロジェクト課 技術員 東垂水 萌乃

同プロジェクトのことの発端は、地下鉄の空気環境改善の必要性でした。空気環境を改善するなら植物を置けばいいのですが、地下ではそれもなかなか難しい。しかし通常の植物が根から栄養を取り入れるのに対し、苔は地表の緑部分から養分を吸収。しかも環境に順応し、光量が少なくとも光合成が可能なため、地下鉄の環境改善には適した素材でした。

苔の栽培が上手くいけば、地下駅構内で設備を稼働せずに構内空気の清浄化できる可能性がある。そう考えたプロジェクトチームは、苔による地下鉄の空気環境改善の実証実験に取り組むことにしました。

この苔プロジェクトに協力してもらっているスタートアップが、株式会社グリーンズグリーン(以下「グリーンズグリーン」)。苔を用いた新たなライフスタイルの提案と、苔を広める様々なプロダクトを開発している、苔のプロフェッショナルです。

とはいえ、グリーンズグリーンと東急電鉄との出会いのきっかけは、実は今回のプロジェクトではありませんでした。鉄道沿線には「のり面」と呼ばれる盛土などで作られた線路に沿った斜地形があり、これには雑草を駆除するコストがかかります。かといってコンクリートなどにすると景観が損なわれるし、CO₂削減量も減少するといった課題があり、鉄道各社は頭を悩ませているのです。

グリーンズグリーンは、この問題をのり面に苔を栽培することで解決できないかと考えました。同社の苔シートを使えば、雑草駆除の手間・コストもなくなりますし、景観も改善されるからです。

段によって種類が違う苔。中段は高級なものとのこと。

そうしてTAPにコンタクトをとり、東急電鉄と面会したグリーンズグリーンでしたが、その話を聞いたGreen UNDER GROUNDプロジェクトチームは、のり面ではなく、苔の地下鉄の環境改善への利用を逆提案します。

「もちろんのり面の話には興味をもちましたし、担当者がその話に興味をもっていると聞いています。ただGreen UNDER GROUNDチームとしての目下の関心は、地下鉄の空気環境の改善でした。

偶然にも、空気環境をよくする手段としての苔の有効性は聞いたことがあって、以前から漠然と興味はあったんです。そんなときにちょうどグリーンズグリーンの話を聞いて、『苔を使って地下鉄の空気をキレイにできないか』と考えました。」

桜新町駅で栽培する苔は、監視カメラを使って常時モニタリング

こうしてグリーンズグリーンとタッグを組んだ東急電鉄は、2023年12月現在、地下駅構内で苔を栽培し、空気を清浄化する実証実験に取り組んでいます。ちなみに本取り組みは、鉄道事業のカーボンニュートラルに資するものとして、国土交通省「鉄道脱炭素施設等実装調査」に対する補助制度にも採択されました。

まずは東急電鉄で社会実装をし、乗り入れしている他の鉄道会社にも広げていければ、地下鉄環境をまるごと緑化して空気環境の改善に繋がるかもしれません。ちなみに地下鉄道内の湧水を活用することで、苔の栽培は下水道処理水量の削減にも寄与しています。

地下鉄プロジェクトを盛り上げてくれるサービスを募集中!

以上、「KOMAZAWA MOAI FARM」「『苔』栽培による空気清浄化検証」を中心に、東急田園都市線地下区間5駅のリニューアルプロジェクト「Green UNDER GROUND」を紹介してきました。Green UNDER GROUNDでは他にも、そのリソースを使って以下のようなソリューションを検討しています。

・列車風の活用
・ワイヤレス充電
・駅構内の地域情報発信(サイネージ)
・地域のコミュニティ創出
・地域通貨、ポイント
・お客さまご案内ツール
・その他地下鉄環境を改善できるもの

Green UNDER GROUNDのリソースを使って、上のようなソリューションの社会実装を目指す方は、ぜひTAPにお声かけください!

今回のTAPアセット探訪では、東急電鉄の「Shin-Yoko Gateway Spot」と、「Green UNDERGROUND」に訪問しました。これらのアセットを使ってオープンイノベーションに取り組みたい方のTAPへのご応募・ご連絡、お待ちしています!

▼TAPへのコンタクトはこちらから
https://tokyu-ap.com/#contact

(編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)