地震・電波・風・音から省エネまで研究する東急建設技術研究所
建設の未来を創る施設はオープンイノベーションに挑めるか
|TAPアセット探訪

2022年10月27日

スタートアップと東急グループのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで95件のテストマーケティングや協業、うち32件の事業化や本格導入、うち7件の業務・資本提携を実現してきました(2022年9月末時点)。「TAP アセット探訪」シリーズでは、TAPに参画する各事業者がもつアセットを訪れ、事業共創の可能性やそこから生まれる未来について聞いていきます。

初回のアセットとして紹介するのは、東急建設技術研究所 。1971年に発足し、今から30年前の1992年に神奈川県相模原市に移転。「東急建設の技術の要」として、数々の研究開発を実施してきました。

「東急建設は、新たに策定した2030年の企業ビジョン「VISION2030」達成に向け、10年間の長期経営計画"To zero, from zero."に取り組んでいます。経営計画では、3つの提供価値(脱炭素、廃棄物ゼロ、防災・減災)を経営の軸と定めており、その実現のため品質向上・コストダウンに資すること、また東急建設オリジナル技術の研究開発をすることが技術研究所の役割です」。そう語るのは東急建設技術研究所所長の遠藤です。

省エネ、地震、電波、風、音など、様々な研究をしている研究所の一端を、紹介したいと思います。

建設の品質向上やコストダウンの研究施設

読者の皆さん、神奈川県相模原市にある橋本駅をご存知でしょうか。リニア中央新幹線の神奈川県駅(仮称)の2027年開設に向け、現在注目を集めている駅です。

そんな橋本駅から車で約17分、約5kmの地に構える、ある施設があります。

\東急建設技術研究所/

それが「東急建設技術研究所(以下「技術研究所」)」。名前の通り、東急建設の技術に関する研究開発を担っている施設です。ここではZEB(ゼロエネルギービルディング)、グリーンインフラ、大型インテリジェント風洞、複合音響施設などの施設を用いて、日々建設に関連する研究を進めています。ちなみに、技術研究所には総勢約70人が所属し、そのうち約50名が研究者という人員構成です。

実はこの技術研究所……オープンイノベーションでも使える可能性があります!

そもそも技術研究所の施設は、東急建設だけが独占利用しているわけではなく、大学や研究機関、企業に必要に応じて開放してきました。また近年では、1社単独では実装が難しいような案件につき、同業他社と一緒に施設を使うこともあります。

と、いうわけで! 技術研究所にはどんな施設があるの? どんな研究をしているの? といったことを、東急アライアンスプラットフォーム(TAP)の武居が聞いてきました! 案内してくれるのは、技術研究所の皆さんと、東急建設でオープンイノベーションを担当している関本です。

(左から)東急建設でオープンイノベーションを担当する関本、技術研究所所長の遠藤、TAPの武居(たけすえ)

日本最大級の無響室を備える複合音響実験施設

まずはこちらの多面体の部屋を御覧ください。

こちらは「残響室」。「拡散音場(音が一様に分布している空間)」に近似させるため、

・平行面がない不正形の7面体
・湾曲した硬いプラスチック板が取り付けられている
・床・壁・天井が音の反射性の高いコンクリートで作られている

といった特徴をもつ部屋です。

残響室は2部屋が隣接しているので、部屋の間に間仕切壁や窓などの建築材料を挟み込んで材料の「遮音性能」を確認したり、建設の仕上げ材料や劇場椅子などの吸音性能を確認するために使われます。

こちらは残響室で実際に収録した音声です。ちょっと話しただけでも、音が響いているのがわかります。

残響室のすぐ隣にあるのは「無響室」です。

無響室は床・壁・天井の6面すべてにくさび型の吸音材を配置されているため、残響室とは逆に、音が全く響かない空間(自由音場)となっています。

部屋の反射音が無いため、歌や楽器そのものの音の収録、楽器やスピーカーの指向特性の測定、道路や鉄道騒音の模型実験などに使われています。ここで録音した楽音に、様々なコンサートホールの響きを組み合わせることで、各ホールでの演奏音のシミュレーションも可能です。ちなみに国内に無響室は多数ありますが、技術研究所の無教室はその中でも最大級の大きさを誇ります。

無響室はくさび型の吸音材でを囲われています。

こちらは無響室内での音声です。音がまったく響いていないのがわかります。

扉からの反射音の影響を抑えるために外無響室の扉にも分厚いくさび型の吸音材が取り付けられています。

残響室と無響室はまとめて「複合音響実験施設」と呼ばれています。音に関する実験が必要な企業には、ぜひ使ってみてほしいです!

複合音響実験施設はホールの音環境設計などにも使われています

渋谷の風環境設計にも貢献する大型インテリジェント風洞

東急建設は渋谷スクランブルスクエアや東京メトロ銀座線渋谷駅など、多くの街づくりにも影響するプロジェクトを担ってきました。その際大事なのが「街の風」です。

「ビル風」という言葉がありますが、高層ビルが建っても強力な風が発生しないようにしたり、逆に空気が滞留しないような街づくりは、居心地の良い街や、防災に強い街という観点から無視できません。

そこで東急建設では、「大型インテリジェント風洞」を使って、日夜「風」に関する研究を進めています。

こちらがその大型インテリジェント風洞。
ちょっと引きでみるとこうなっていて……
送風機側からみると、奥に長い通路が続いているのがわかります。奥まで行ってUターンした先にまで風が届いて、下図の模型などを置くことで風の影響を調べるという仕組みです。
上の写真は実際に実験で使った渋谷の模型。模型には風を検知するセンサーがセットできるように作られていて、ビルの高さや形状を変えることで、街にどんな影響がでるかを調べます。

風洞は他にも、マンションの手すりやルーバー(羽板を並行に隙間を開けて並べたもの)から発生する風切り音が発生しないかを確認したりするなどに使えます。

大型インテリジェント風洞は、簡単にいえば「強力な風を発生させる装置」。そのため、上記のような風のシミュレーションや、ドローンや空とぶ車の性能確認などにも使えるかもしれませんね。

地震を再現する三次元6自由度振動台

まるで工場のように巨大な空間。そこに座する下図中央下部の緑の四角は「三次元6自由度振動台」です。水平(前後、左右)、鉛直(垂直)に動き、かつそれぞれが回転することで、6成分の加振が可能。いわば船の上にいるかのような環境が作れる装置です。

三次元6自由度振動台の用途は、主に地震挙動の再現。例えば振動台の上に免震対策をした住宅を設置し、実際に揺れに耐えられるかを確認します。交通振動や列車振動に起因する環境振動に対する対策検討にも使用されており、東急グループならではの様々な技術課題に活用されているようです。

災害対策や建築に関わる機器を製造している企業とは、相性がいいかもしれません。

建設が及ぼす電波の影響を調べる電磁環境EMC試験室

\スマホに電波が入らない……!/

それもそのはず。ここは電波暗室とも呼ばれる「電磁環境EMC試験室」。つまり外からの電波が入らない施設なので、携帯電話にも電波が入らないんです。

現代のオフィスや住宅では、Wi-Fiが使われているのは当たり前。でもそのせいで混線してしまったり、(パスワードがあるとはいえ)アクセスしてほしくない人にまでWi-Fiにアクセスできてしまうという問題が発生しています。また、Wi-Fi自体の性能はいいはずなのに、電磁環境が原因で上手くWi-Fiが拾えない、なんていう経験をもつ方もいるのではないでしょうか。

そんな困りごとを解決するための研究をしているのが、この電磁環境EMC試験室。電波が遮断されているので、外からの電波が室内の実験に影響することがないのです。Wi-Fi環境はちゃんと構築できるのか、通してはいけない通信はちゃんと阻害できるのか。そんな研究を日々しています。

電車の通行によって磁場が乱れ、沿線の病院にある医療機器に影響を与えないようにするための病院の電波環境設計などの業務も電磁環境EMC試験室を使った仕事のひとつです。

「サイバーセキュリティの重要性の高まりや、IoTの普及、多種多様な機器が登場してきた今だからこその課題を電磁環境EMC試験室は解決している」と、技術研究所の方々が語る姿が印象的でした。

不動産におけるIoTや通信環境に関係する開発をしているスタートアップは、ぜひ利用を検討してみて下さい。

環境保全と防災・減災を狙うグリーンインフラ

研究所の外にあるのは花壇……かと思いきや、こちらはグリーンインフラの実験をしている設備です。

グリーンインフラというのは、自然災害の抑制やヒートアイランド現象の緩和、生物多様性の保全など、自然環境に備わるさまざまな機能を有効活用して持続可能な社会資本基盤の整備や土地利用計画に活かそうという考え方。グリーンインフラには、雨水や河川の水を一時的に貯留する遊水地、舗装面の雨水を浸透する透水性舗装、雨水を花壇等に誘導し地中に一時的に貯留を行い浸透させるレインガーデン、ビル等の建物の雨水を集水し貯留タンクを利用した貯留・浸透、治水や土砂災害防止を目的とした森林・里山の保全などがあります。

技術研究所のグリーンインフラは2018年に設置。「雨水の貯留槽・浸透促進」と「貯留水循環型ビオトープ」を設置し、環境保全と防災・減災効果などの実証実験を行っています。

2022年夏には4代目のホタルも確認できました。(写真提供:東急建設)

都市環境の向上として注目されているグリーンインフラですが、その実験環境を用意・維持するのは大変です。ESGが当たり前になってきている昨今、グリーンインフラでの取組みも、スタートアップの皆さんともっと増やしていきたいですね。

ちなみに、研究そのものというわけではありませんが、技術研究所の建物は地中熱や水素利用、太陽光、太陽熱などを利用してZEB化し、消費エネルギーを削減しています。施設全体の発電量は、管理研究棟(所員の執務棟)で消費するエネルギーの96%に相当するそうです

ところで、東急建設の執行役員で技術研究所所長を務める遠藤は、実は数年前までTAPにも関わっており、スタートアップとの連携には意欲的です。

技術研究所で保有している施設は、同業他社が保有しているものも多く決して珍しいわけではありません。しかし30年前に相模原に技術研究所を移転したときから、時代の要請に合わせメンテナンスを施し、新たな施設も導入して、大学や研究機関、企業にも開放しながら大事に使い続けているというのは、我々の誇りです。

スタートアップにはスマホアプリやAIなど、我々が手を出しにくい分野の開発をしている方々がたくさんいます。建設業界の新たな展開に協力いただける方々とは、ぜひとも手を取って、一緒に新しい価値を創っていきたいです。(遠藤)

ということで、遠藤はじめ、技術研究所を案内していただいた方々にお礼を言って見学は終了です。

今回は紹介できませんでしたが、技術研究所には他にも、以下のような研究施設 があります。
・大型構造物加力施設
・人工気象室
・恒温恒湿室

冒頭でも述べましたが、東急建設技術研究所の各施設は、スタートアップのみなさんとのオープンイノベーションにも生かせる可能性を秘めています。大掛かりな施設をもっており、所長がオープンイノベーションへの理解があるというのは、クローズドイノベーションが主流であった建設業界において、東急グループおよび東急建設の強みだと認識しています。

技術研究所の施設は、単に利用するだけなら有償になってしまいますが、共同研究ならば他の形も検討可能です。今回取材班も、自分たちで足を運んだからこそ、技術研究所の理解が深まったと思っています。スタートアップの皆さんにおかれましては、ぜひTAPや技術研究所に相談してほしいです。

技術研究所のアセットを使ってイノベーションを進めたいという企業は、ぜひともこちらからTAPにご連絡下さい。お待ちしております!

なお、技術研究所だけでなく、東急建設全体のオープンイノベーションに対する取組みについて、東急建設社長の寺田に聞いています。以下の記事も併せて御覧ください。