テクノロジーが変える小売りの編集。
東急百貨店が描くデジタルを使った小売りの未来|東急百貨店DX(後編)

2023年1月13日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(以下「TAP」)。TAP Library「Cace」では、TAP発の事例に関わらずそうした東急グループ内におけるオープンイノベーションの事例を紹介していきます。

前編に引き続き登場するのは、東急百貨店。日立製作所が生んだ「CO-URIBA」を渋谷の3拠点で用い、いかにお客さまにショッピングを楽しんでいただくかを考えました。渋谷ヒカリエShinQsでも使われている、都市での買い物体験をデジタル化するOMOアプリ「FACY」を運営する小関社長を迎え、CO-URIBAからの学びや、小売りの未来について意見を交わしました。

今回は後編です。前編はこちらから。

小売りに求められる新たな「編集」

満田(TAP): 小売りのDXを考える上で、今世の中的には何が議論に上っているのでしょうか。

小関(FACY): 一つは売り場のパーソナライズでしょう。一人ひとりに合わせた編集と言ってもいいかもしれません。

▲ 小関 翼(Koseki Tsubasa)氏
FACY株式会社 代表取締役
東京大学大学院修了。日英のメガバンクにて法人取引・オペレーション設計等を担当後、Amazonにて決済サービスの事業開発を担当。ライフスタイル分野にマーケットデザインの問題 が大きいことに着目し、2021年4月にFACY株式会社を設立。未来の購買体験をアジアから 作っていくことを目指す。Fintech、FashionTechを国内に紹介。経産省アパレル関係委員会メンバー。

小関(FACY): 今までお客さまの消費行動は、ペルソナに合わせて、よく行きそうな地域や商業ビルが定義されてきました。ただ本当は人によってバラバラなわけです。「この人はオーガニックブランドを好む人」と定義されていても、実際には基礎化粧品はオーガニックでもメイクは流行りのブランドを使うといったことはありうる。ファッションにしても、私服としてストリート系ブランドが好きだけど、ビジネスウェアも必要なわけです。そういう意味で今後は、ユーザーがこういう売り場に行くと決められるというよりは、一人ひとりが編集された売り場や接点を用意されていくのだと認識しています。

吉田(東急百貨店): まるでPinterestのように、自分でいいなと思ったものを登録して、アプリの中で自分の趣味性に合わせて編集するような体験は、確かに買い物でも必要ですね。

▲ 吉田 薫(Yoshida Kaoru)
株式会社東急百貨店 事業戦略室 事業開発部 DX推進
2008年に東急百貨店入社。渋谷駅・東急東横店の婦人服売場に配属され、販売に従事。2011年からIFIビジネス・スクールに1年間国内留学し、2012年からファッション・雑貨、化粧品の担当バイヤーとして、新規物件の開発や各店のリモデルを推進。2020年から自主編集売場のセールスマネジャーを経験し、現在は顧客接点の変化対応など小売事業におけるDXを推進している。

小関(FACY): 「編集された環境」は、今のインターネットの大きな流れです。例えばYouTubeやInstagram、TwitterといったSNSのコンテンツは、必ずしも投稿者のフォロワーが見ているわけではなく、アルゴリズムによって編集されたフォローしているわけではない方が見ています。これはプラットフォーム側が、ユーザーの行動データからその人の好みを割り出して、ある意味でその人のために編集しているという状態と言え、ユーザーもこの状態に慣れてしまっています。

ショッピングでも同じことが求められるかもしれません。ユーザー自体が決められた売り場で買うというよりは、自分の趣味嗜好や行動に合ったようなものが編集されて届けられる状態を求めるようになるだろうなと考えています。

小関(FACY): 一方で、今後どうなるのか分からないのが、「ブロックチェーン上でデータ自身をユーザーで持ったほうがいいのではないか」という論点です。web3と言われるものですね。ただ、多くの消費者は、「自分自身でデータを管理できる」って、あまりピンとこないと思います。

満田(TAP): 正直、私も何回聞いてもピンときません。

小関(FACY): そうですよね。でも「自分自身にデータが付属していて、例えばAという売り場に行っても自分のデータに合わせてその売り場が編集され、Bという売り場に行くとまた自分のデータを参照してその売り場が変わる」と言われると魅力的に感じる面もあるのではないでしょうか。つまりどこに行っても自分にパーソナライズされたもの、心地いいものが提供されるということです。

吉田(東急百貨店): なるほど。今までは小売側がマーケティングデータや店頭で取得したデータを保有し、それを使ってお客さまのニーズを仮定し、環境づくりやサービスを提供してきました。しかしweb3の世界観ではお客さまご自身がデータを持っているので、小売側がそれに合わせて対応しなければならない可能性があるということですね。まだまだ未知の領域というか、想像がつかないところですね。

小関(FACY): そうですね。特にフィジカルな店舗では商品を一瞬で変えるということは難しいですし、ネックはありますよね。

吉田(東急百貨店): 定番は定番として奥行きを持ちつつも、多品種小ロットで色々なアイテムをもちながら、必要に応じて対応を変えていくようなことが求められるかもしれませんね。

世界各所で始まっている小売りの地殻変動

小関(FACY): web3とまでは行かなくても、テクノロジーを用いた小売りの地殻変動は起きています。

米国ではコロナ禍を経て、8割近いお客さまが日常的に何かしらインターネットでオーダーしてから、実店舗に向かうようになっています。それに対応するためにはオフラインの店舗にも準備が必要です。実際、大手小売業500社の半数以上が2020年から即配や店舗ピックアップへの対応を完了させました。とはいえ、自分たちだけでサービスを作るのは現実的ではない。そこでWalmartは、スタートアップとの協業や買収をしています。買収を担当していた役員も、元々買収先の代表だった方です。

また中国ではアリババが、浙江省で最大手の銀泰という百貨店を買収しました。アリババのニューリテール構想に沿った買収で、銀泰に置いてある商品は全て、銀泰が提供しているアプリケーション上で見られて、注文して即配してもらったり、問い合わせできるようになっています。なので銀泰で最もものが動くのは夜の10時以降だそうです。

満田(TAP): デジタルのゴールデンタイムということですね。

小関(FACY): 彼らは「24時間眠らない百貨店」と言っていますが、これはある意味でユーザー中心的です。ここで先ほどの編集の話と繋がりますが、銀泰のアプリではユーザーの趣味嗜好や行動に合わせて売り場が変わる。今までは販売側が「営業時間内でしか買えません」「お店で買ってください」というように、時間や空間の制約をお客さまに課していたとも言えます。それがデジタルを使うことで、ユーザーは好きな時間に好きな場所で好きなものを買えるようになる。これは普遍的な人間の欲求に根ざしたものなので、なかなか止めにくいトレンドとなるでしょう。

話が長くなりましたが、小売りのデジタル対応や変革は、もう各所で色んな形で始まっているということですね。

吉田(東急百貨店): 編集の話をすると、自社製品を主軸にECや店舗を編集しているアパレルやコスメ&ビューティーのショップは、小関さんがおっしゃったことをすぐに実践できるかもしれません。ただ私達百貨店のようなお取引先様の商品を仕入れて販売する業態は何を強みにどんな対応で差別化を図っていくべきか、現在考えているところです。

例えば近年はAIカメラが発展してきていますが、店舗での購買履歴とECの購買履歴を連携させ、店頭でもEC上でもお客さまが欲しい商品を提案できるようなことができれば、百貨店独自の価値ができるかもしれません。それに今までPOSが担っていたデータ収集の役割をカメラに置き換えることができれば、精度が上がるだけでなくコストも抑えることができるかもしれませんよね。

小関(FACY): 顧客の行動履歴はこれまでEC事業者が精緻に収集していましたが、オフラインの行動データはまだフロンティアのままです。またオンラインよりはオフラインの行動データのほうが、その人の趣味嗜好・生活を反映しているはずですよね。

データを取得できるかはさておき、例えばあるユーザーのロケーションデータが、昼間は高校、夕方に女性向けアパレルショップ、夜に野球場で、深夜は世田谷だったとすると、これだけでなんとなくその人の年齢、仕事、趣味嗜好や生活圏がわかりますよね。世田谷区在住ということから、世帯年収の推定もできるでしょう。同様に、百貨店でAIカメラを使い、どの棚の前でどういうユーザーがどのくらい滞在したかというのは、非常に有用なデータとなりえます。つまり、購入しなくても「興味」というデータを取得できるということです。

満田(TAP): TAPでも日々色んなテクノロジーに触れる中で、そのテクノロジーをどう使うのかが一番の肝だと感じています。「AIカメラを導入したい」と社内で声を上げても、その目的が明らかになっていないと、社内からは「何のために入れるんだ」と言われてしまう。小売りにおいても、そういった設計が必要になってきていると感じますね。

▲ 満田 遼一郎(Mitsuda Ryoichiro)
東急株式会社
2019年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。イッツ・コミュニケーションズ研修、長津田駅駅員を経て本配属としてイッツ・コミュニケーションズに出向。戸建て営業担当を経て、統括リーダーとして予実管理・営業企画を経験。現在は、フューチャー・デザイン・ラボにて東急アライアンスプラットフォーム(TAP)の運営、新規事業開発を担当。

東急百貨店が描くデジタルを使った地域経済圏

満田(TAP): ここまでお話してきて、お客さまもコロナを経て変化していて、それに応じて百貨店側も変わらなければならないんだと改めて認識しました。TAPは色々なスタートアップ・ベンチャーが応募してくれるプラットフォームになってきているのですが、次はどんな分野に課題をもっているか、どういった協業が必要か。東急百貨店として思い描いているものがあれば教えて下さい。

吉田(東急百貨店): 我々が当たり前としていることが当たり前ではない文化の方々との交流が必要だと考えています。実際、最新の技術は大手企業ではなくTAPを通じて紹介いただいた企業から教えていただくことも多いですし、こういう機会は非常にありがたいです。

分野としてはもちろん小売りが主軸にはなるのですが、何か小売の場を通じて新しいことにトライアルしたいということをお考えの企業さまがいらっしゃれば、ぜひ一緒にトライしていきたいですね。

吉田(東急百貨店): 小売りで言えば、インターネットで商品を見定めてから店舗に買いにいったり、逆に店舗で商品を見た方がインターネットで購入したりするというOMOの流れは、不可逆だと考えています。当然お客さまの都合次第で決まってくるのですが、そういう意味でお客さまにとっていいショッピング体験を提供することは、スタートアップとしても、百貨店や商業施設と一緒に取り組むのが今後も求められていくでしょう。

満田(TAP): リアルの店舗はどんどん減っていっていますよね。狭いスペースでもお客さまと販売員がコミュニケーションを取れる場所をサテライト的にでも設置し、デジタルを使って違う場所に送客するような仕組みが求められているように感じています。そういった場所が東急だけで開発できるとも思えないので、スタートアップを中心に、色々なパートナーと新しく事業を作っていかなきゃならないと感じました。

小関(FACY): そういう意味では、今後、店内だけではなく広域商圏のデジタル化が進んでいくというのが、私の予想です。そうすると、例えば渋谷だけでなく、二子玉川や新宿といった東急が開発する他のエリアと連動したエリアをデジタル化する、つまりアプリケーションで一覧的に見えるようにして、問い合わせたり即配や取り置きができるような取り組みは進めたいなと思っています。

吉田(東急百貨店): それは今、社内でも考えているのですが、共有できるところは共有したほうがいいですよね。お客さまからみたら、東急で完結するよりも渋谷区というエリア単位のほうが何かと都合がいいですから。

小関(FACY): もちろんそうですね。FACYは色々な商圏でサービスを提供しているので、例えば広域渋谷圏に住んでいれば渋谷圏にあるものが可視化されて配達してくれたりピックアップしたりお得な情報が流れてくるというのは、あってしかるべきかと思っています。ぜひ協力させていただきたいです。

吉田(東急百貨店): ぜひお願いします。例えばフードデリバリーのような食を中心としたお話は活発なのですが、ファッションや化粧品ではそこまで話が進んでいません。ここも力を入れていかなければならない分野なので、是非相談させて下さい。

満田(TAP): FACYをはじめ、スタートアップの皆さんと東急百貨店の連携もTAPで応援できたらと思います。ご興味のある方はぜひTAPにご連絡下さい。小関さん、吉田さん、本日はありがとうございました。

小関(FACY)吉田(東急百貨店): ありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富 隼平、 撮影:taisho)