東急百貨店が小型無人店舗の実証実験で学んだ、
オープンイノベーションの進め方|東急百貨店DX(前編)

2023年1月13日

スタートアップと東急グループとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月、東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)。これまで98件のテストマーケティングや協業、うち34件の事業化や本格導入、うち7件の業務・資本提携を実現してきました(2022年11月末時点)。

……が、実はTAPの目的は、TAP自身が東急グループのオープンイノベーションを主導することではなく、東急内でオープンイノベーションが自然発生する環境をつくることです。実際、東急グループの中ではTAPを介さないオープンイノベーション事例が登場してきています。TAP Library「CASE」では、そうした東急グループ内におけるオープンイノベーションの事例を紹介していきます。

今回のオープンイノベーション事例は東急百貨店。日立製作所が生んだ「CO-URIBA」を、東急百貨店が運営する東急百貨店本店、渋谷ヒカリエ ShinQs、+Q(プラスク)ビューティー(渋谷スクランブルスクエア内)の渋谷3拠点で用い、いかにお客さまにショッピングを楽しんでいただくかを考えました。渋谷ヒカリエShinQsでも使われている、プレミアムショップの商品を、問い合わせ、取り置き、即日配送できるアプリ「FACY」を運営する小関社長を迎え、CO-URIBAからの学びや、小売りの未来について意見を交わします。モデレーターは東急百貨店と一緒にオープンイノベーションを主導するTAPの満田です。

今回は前編です。後編はこちらから。

小型無人店舗「CO-URIBA」を東急百貨店運営の3箇所で実証実験した理由

満田(TAP): 小関さん、吉田さん、本日はよろしくお願いします。

小関(FACY): FACY株式会社(以下「FACY」)の小関です。よろしくお願いします。FACYは、実店舗で取り扱いのあるプレミアムショップの商品をFACYのアプリ上で探したり在庫確認ができたり、気に入った商品は店舗から自宅に直接配送してもらえるサービスです。

▲ 小関 翼(Koseki Tsubasa)氏
FACY株式会社 代表取締役
東京大学大学院修了。日英のメガバンクにて法人取引・オペレーション設計等を担当後、Amazonにて決済サービスの事業開発を担当。ライフスタイル分野にマーケットデザインの問題 が大きいことに着目し、2021年4月にFACY株式会社を設立。未来の購買体験をアジアから 作っていくことを目指す。Fintech、FashionTechを国内に紹介。経産省アパレル関係委員会メンバー。

満田(TAP): 吉田さんは東急百貨店でDX推進を担当していますね。

吉田(東急百貨店): 事業開発部でDX推進の担当をしている吉田です。DX推進の前は、店頭での販売やバイヤー、セールスマネジャーとして約14年程ファッションや化粧品に携わり、今はDXを担当しています。東急本店が2023年1月で営業終了(編注:本取材は2022年11月に行いました)ということもあり、従来の小売りの在り方を見直し、新しいデジタルソリューションをどうやって百貨店に融合していくか考えているところです。

満田(TAP): DX推進の部署はどうして作られたのですか?

吉田(東急百貨店): DXというからには、営業の効率化は当然目的の一つです。しかしそれだけではなく「CO-URIBA」のように、お客さまにわくわくするようなお買い物体験を提供するために、いかにデジタルソリューションを使うべきかという視点を持つことも重要なDX推進の使命と捉えています。

▲ 吉田 薫(Yoshida Kaoru)
株式会社東急百貨店 事業戦略室 事業開発部 DX推進
2008年に東急百貨店入社。渋谷駅・東急東横店の婦人服売場に配属され、販売に従事。2011年からIFIビジネス・スクールに1年間国内留学し、2012年からファッション・雑貨、化粧品の担当バイヤーとして、新規物件の開発や各店のリモデルを推進。2020年から自主編集売場のセールスマネジャーを経験し、現在は顧客接点の変化対応など小売事業におけるDXを推進している。

満田(TAP): それでは本日の主題である「CO-URIBA」について教えて下さい。

吉田(東急百貨店): 「CO-URIBA」は株式会社日立製作所(以下「日立」)が開発した、小型無人店舗サービスです。渋谷本店なき後の渋谷商圏における有益なDXソリューションとは何かを日立さんと意見交換している中で、東急百貨店として興味をもちました。ただ同時に、いきなり無人決済を用いた物販やアプリへの登録が必要というのもハードルが高いと感じたので、まずはCO-URIBAの強みを活かした形で、疑似のお買い物体験の実証実験をすることにしたんです。2022年9月・10月に計3週間、2回の実証実験を行いました。

東急百貨店と日立がコラボ! 小型無人店舗サービス「CO-URIBA」を活用した、新たな買い物体験の実証実験を開始
https://www.tokyu-dept.co.jp/corporate/press/whats_new/2022_0906.pdf

吉田(東急百貨店): 実証実験の場所は(渋谷の)東急百貨店本店、渋谷ヒカリエ ShinQs、+Q(プラスク)ビューティー(渋谷スクランブルスクエア内)。いずれも東急百貨店が運営する、渋谷の3拠点です。この3箇所にしたのは、2023 年1月31 日の東急百貨店本店の営業終了も見据え、お客さまに渋谷地区内おける利用を継続的に楽しんでいただくために、渋谷ヒカリエ ShinQs、+Q (プラスク)ビューティーの各コスメ&ビューティーフロアのさらなる相互利用、強化を図りたかったから。

というのも、そもそも渋谷ヒカリエShinQsと+Q(プラスク)ビューティー、東急百貨店とは異なるブランディングを目的として作られました。ただその裏返しで、東急百貨店が運営しているお店とご存知ないお客さまも多いんです。この3店舗では共通のポイントが付いたり免税サービスを受けられたり、株主優待が受けられます。しかし百貨店では当たり前と認識されているサービスを他の2店舗では受けれないと思われているケースが散見されました。なので3箇所の相互利用を促すことで、同じサービスが受けられることを伝えたかったのです。

渋谷ヒカリエShinQsに設置されたCO-URIBAの様子

吉田(東急百貨店): 具体的には、対象売場での化粧品の購入やビューティー・リラクゼーション店舗での施術を利用したお客さまに対して他店舗で取り扱う化粧品ブランドのサンプルやサービスチケットなどをCO-URIBAを使って配布し、それによって取得したお客さまの属性・行動データなどに基づき、各店舗への送客・誘導につなげる、という設計にしました。機体の商品棚と天井に設置したセンサーから、「どの商品を手に取ったか」というお客さまの行動を識別し、アンケート結果などと組み合わせて分析。その結果をLINEによる販促やターゲットを絞ったブランド別の施策実施による店頭誘導といったさまざまなマーケティング施策に展開予定です。

小関(FACY): なるほど。店舗への送客という課題があったんですね。そもそもなのですが、このEC全盛期の時代に、コスメ・化粧品はドラッグストアや百貨店といった店舗で商品を購入される方が9割を超えると言われています。どうしてこんなに店頭が強いとお考えですか?

吉田(東急百貨店): 化粧品は自分の顔に塗るものが中心なので、自分の肌に本当に合うかを知る必要があります。例えばインフルエンサー経由である商品を知っても、体験してみないことにはその商品の成分や質感、色味が自分に合っているか、本当に自分の好みかどうかはわかりません。店頭ならサンプルを触れてみて、必要ならスペシャリストからアドバイスをもらえる。だからコスメや化粧品はECではなく、店頭での購入が未だに多いのだと思います。

小関(FACY): 商品やブランドの情報はインターネットで得るようになってきましたが、商品の受け渡しや実際に試すという局面は、やはりお店が強くならざるを得ないということですね。

吉田(東急百貨店): そうですね。なので店舗で必要なのは体験だけとも言えます。そのため購入自体は、それこそFACYのようなアプリでもいいのかもしれません。昨今はb8taのような「売らない店舗」も勢いを増しているように、体験は店舗で、購入は自宅で、という形式に化粧品はフィットする可能性があると考えています。

FACYが用意するユーザーの選択肢への対応

満田(TAP): FACYには、渋谷ヒカリエShinQsの一部ショップも掲載されているんですよね。

小関(FACY): ご紹介ありがとうございます。そもそもFACY では、渋谷、新宿、池袋といったように、そのエリアにあるお店と、そのお店の中にある商品が自動的に表示されるようになっています。

(資料提供:FACY)

小関(FACY): 渋谷ヒカリエShinQsでは例えば、ジョンマスターオーガニックの商品が見られます。今店舗にはどんな商品があるのか、どんなアイテムが人気なのかがわかって、アプリ上からショップへの問い合わせも可能です。商品を取り置きしてもらってお店に行けば、店員さんに相談しながらご購入いただけます。最初はジョンマスターオーガニックの渋谷ヒカリエShinQsの店舗で相談しながら商品を購入し、同じ商品をリピートするならFACYからその商品を購入する、という方も少なくありません。つまりユーザーには購入に際しての色んな選択肢があるわけです。各ユーザーがどう商品を購入するのかは、ブランド側でコントロールするのではなく、ユーザーの選択に委ねる。その裏返しで、ブランドはどんな方法にも対応する。最近はそんな状況になってきています。

渋谷ヒカリエShinQsではジョンマスターオーガニックの他に、ニールズヤード、IKIIKI OIL CAREというオーガニック系のコスメブランドが掲載されています。実はコスメ関連はFACYとしても新たな取り組みなんです。

というのも、FACYはもともとファッションブランドのOMO支援から始まっているアプリで、コスメは当初は取り扱っていませんでした。とはいえコスメも人気が高いので取り扱いを開始したかったのですが、コスメは先述したようにドラッグストアや百貨店との協業がキーになる。どうしようかと思っていたところに渋谷ヒカリエShinQsが協力してくれたので、我々としては非常に助かっています。

吉田(東急百貨店): オーガニック系は確かに、ファッションブランドとの親和性が高いかもしれません。ユニセックスでもニーズが高いですし。

小関(FACY): まさにその通りです。最近はメンズのコスメ需要も高まっていますが、一般的に男性は女性よりもコスメの知識がありません。かといって売り場では気恥ずかしさもあって店員に聞きづらいので、FACY経由でオンラインで相談するという方も少なくありません。これも隠れたユーザーニーズと言えるかと思います。

想定外のトラブルから学んだ、新規施策の進め方

満田(TAP): CO-URIBAに話を戻すと、CO-URIBAでは筐体の上にカメラを設置してお客さまの動きを追っていたり、手に取った商品を識別したりしていますよね。

▲ 満田 遼一郎(Mitsuda Ryoichiro)
東急株式会社
2019年に東京急行電鉄株式会社(現在、東急株式会社)入社。イッツ・コミュニケーションズ研修、長津田駅駅員を経て本配属としてイッツ・コミュニケーションズに出向。戸建て営業担当を経て、統括リーダーとして予実管理・営業企画を経験。現在は、フューチャー・デザイン・ラボにて東急アライアンスプラットフォーム(TAP)の運営、新規事業開発を担当。

吉田(東急百貨店): そうですね。とは言っても、今回、これによってすぐに有益なデータが取得できるとは思っていません。というのも、一度に並べられるサンプルの種類も限られているので、並んでいる商品の因果関係や連動性を売場と同様の感覚で導くには、まだまだ課題があると認識をしています。

ではやった意味がないかというとそんなことはありません。CO-URIBAは、商品に触れるとモニターに連動して画像表示がされ、最後にアンケートも実施できる仕組みになっています。我々はお客さまが手に取った商品に対して伝えたい商品や店舗情報を画面に写し、かつ最後にアンケートに答えていただくというこの一連の流れをお客さまがどう感じるか、どうしたらお客さまのわくわくに繋がるのかは、やってみないとわかりませんでした。

小関(FACY): CO-URIBAの反響はどうだったんですか?

吉田(東急百貨店): 想定以上の反応がありました。特に2回目の実証実験では、CO-URIBAでもらえるサンプルが1個だけということもあって、お客さまからどれだけの反応があるか読めなかったんです。

ですが蓋を開けてみたら、多いときには50〜70人が列をなすこともあって驚きました。ここまで列ができるとは、正直思っていませんでしたね。今までこういった体験をしたことがある方は少ないと思うので、一種のアトラクションのように感じていただいた面もあるかと思います。中には、1回目も2回目も参加してくださったお客さまもいらして、お友だちにやり方を教えている姿は何とも言えないくらい嬉しかったです。

とはいえ、もちろんトラブルもたくさんありました(笑)。実証実験期間中は日立の方も交えて随時Teamsで「画面が急に動かなくなりました」「サンプルがなくなりました」「ニールズヤードの商品が残り1個です」といったやりとりをしていて、一つずつ改善しています。新しいことに取り組むと色んなトラブルが出てくるのは当然で、サービスをよくしていくためにはこういうプロセスが必要なんだと肌で感じられたのはいい経験になりました。

満田(TAP): 上手くいっている共創事例は、絶対に一緒に汗をかいていますからね。

吉田(東急百貨店): 納めて終わりでは良いものは生まれなくて、どうするべきなのかを一緒に考えていくことが大事ですよね。

小関(FACY): 想定外のトラブルには具体的にどんなものがあったんですか?

吉田(東急百貨店): 例えば、商品の重さです。普通の商品ならそこそこ重さがありますが、今回配布したものはサンプルなので、小さくて軽い。軽すぎて機械が商品を検知できなくて、なので5000個のサンプルすべてにわざわざ重りをつけて重くしたんです(笑)。他にもたくさんあって、「手をかざしてください」と書いたからって、お客さまが正しく手をかざしてくれるなんて思いこんではダメだと学びました。

小関(FACY): 東急も日立も大企業ですよね。でもお客さまに寄り添って、反応を見ながらバージョンアップしていけるんだとわかったというのは興味深いお話です。実際こういった活動をすると分かると思うのですが、実はお客さまや環境は年々激変しています。そこにスピード感をもって、改善しながらサービスを提供していくのが大事だというのは、スタートアップと同じかと思います。

吉田(東急百貨店): 本当にそうですね。

小関(FACY): まずやってみて、そこから改善していくというのは本当に重要です。大企業が新しい取り組みをするとき、下手をすると1年以上準備に時間をかけるようなケースも珍しくありません。でも検討にかかった時間やコストを考えると、さっさとやってみればよかったということも、往々にしてあるかと思います。じっくり考えたアイディアがやってみるといまいちということもあれば、何も考えずにとりあえずやってみたアイディアがユーザーに喜ばれるということも当然ある。ただそれが分かるのはリリースしてから。大企業の人からすると「そんな適当でいいの?」と思うかもしれませんが、とりあえずやってみることが新たな取組みには必要ですね。

小関(FACY): これを表すいい事例に遭遇したことがあります。中国の浙江省・杭州にアリババ系の運営しているスマートホテル菲住布渇(Fly Zoo Hotel)があるのですが、入館は無人対応で、ルームサービスは運搬ロボットがもってくる。ただ、リリース当初はロボットがちゃんと動かないから、人が付いて行っていたんですよ。全然無人ではないんですよね。やってみて色んなエラーが発覚するので、それを一つずつ直していって、いずれは人もいなくなる。そうやって新しいことは進んでいくんですよね。

吉田(東急百貨店): ひとまずやってみるという意味では、社内のDXでも効果がありました。我々が所属する事業開発部は元々チャットツールを中心にコミュニケーションをとっているのですが、他の部署ではまだ電話やメールが中心なんです。そういった方々がCO-URIBAのプロジェクトに参加すると、当然チャットでやりとりするようになります。最初は苦労していたのですが、一旦使ってみると便利だということで、他の部署でもチャットの利用が進んでいるんです。一回自分で使うようになると色々と学びだす。結局DXを進めるためには、色々な人を巻き込んでいく必要があるんだと改めて実感しました。

満田(TAP): 今までありそうでなかったことですよね。DX推進統括ができてDXやOMOが進み、副次的に社内のDXも進んでいるのはいいことですね。

吉田(東急百貨店): 今回は社内応援マニュアルも、動画で作成したんです。今までは写真を使って指示書を作成していたのですが、「ここに立ってください」「こういうふうに誘導してください」という指示を全部動画にしてしまいました。こうやってDXが進んでいくんだろうなと思います。

前編はここまで。後編はデータやテクノロジーを使った小売りの未来について、小関さんと吉田さんが議論を交わします。後編はこちらから。

(執筆:pilot boat 納富 隼平、 撮影:taisho)