開業から12年経った渋谷ヒカリエ ShinQsに新しい価値を。
DemoDayを利用してヘアアイロンレンタルスポットを
一気にグループ展開した経緯
|ReCute×東急百貨店×TAP

2025年1月14日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月に東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)から生まれた協業事例を紹介する本連載。今回は株式会社ReCute(以下「ReCute」)と株式会社東急百貨店(以下「東急百貨店」)の協業事例を紹介します。

ヘアアイロンのレンタルスポット「ReCute」は、NTTドコモの新規事業創出プログラムからスピンアウトして2024年4月に設立されました。ドコモ時代からTAPに採択され、DemoDayにも登壇しています。続々と導入場所を増やしているReCuteですが、その中には東急百貨店を始め、東急グループの複数の施設が含まれています。その契機となったのはTAPのDemoDayでした。

ReCuteはDemoDayをどのように活かして東急グループへの認知を広めたのか。東急百貨店はどうしてReCuteを設置したのか。その懸念点と実際の結果はどうだったのか。ReCute代表の山下さん、東急百貨店の山口にTAPの香月が話を聞きました。

(左から)TAP 香月、東急百貨店 山口、ReCute 山下さん

ドコモからスピンアウトした、ヘアアイロンのレンタルスポット

―― 最初に、ReCuteについて教えてください。

山下(ReCute): ReCuteは外出先でヘアアイロンが借りられるレンタルスポットです。商業施設やオフィスビルなど、普段女性が外出先で訪れる化粧室の中に貸し出しスポットを設置して、ヘアアイロンを借りられるようにしました。

【渋谷ヒカリエ ShinQsに設置しているReCute】

山下(ReCute):  女性は化粧室の鏡の前で、髪の毛やメイクを必死で直しています。特に髪の毛は、外出する前に巻いても雨や湿気、時間の経過とともに巻きが取れてしまうため、外出先での巻き直しニーズが強いんです。既存の代替手段としては、小型アイロンを持ち運んだり、メイクラウンジを使ったりするという方法もありますが、これらも万全ではありません。

そんなときに利用いただくのが、ヘアアイロンのレンタルスポットであるReCuteです。モバイルアプリのマップ上からスポットを探して訪れ、スポットにあるボックスのQRを読み取るとヘアアイロンがレンタルできます。利用後はそのままボックスに戻し、返却した様子を写真に撮れば、自動で決済が完了。提供価格は都度払いで1回税込385円、月額で税込1,650円が基本料金です。平均で7分ほどの利用時間となっています。

山下(ReCute):  ReCuteのコアターゲットは20代後半〜30代前半の都心に生活圏を持つ働く女性です。仕事帰りのデート前や会食前に髪を巻き直したいというニーズが多いです。また、雨や汗で髪の毛が崩れたり、朝時間がなくて巻けなかったりした方に使っていただくケースも珍しくありません。

2024年11月時点でReCuteが使えるのは、渋谷や新宿の商業施設やオフィスビル、ジムなどを中心とした11施設。例えば渋谷ヒカリエ ShinQsは来館された女性はどなたでも使えるようになっていて、オフィスビルは入居企業の従業員だけ、ジムでは会員だけが使えるようになっています。コンサート会場のような推し活をする場所や、相席ラウンジのような場所からの問い合わせも増えていますね。

── ReCuteの設立経緯を教えてください。

山下(ReCute):  私は元々株式会社NTTコミュニケーションズに所属していました。NTTドコモ(以下「NTTドコモ」)が2023年に、新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」を開始したのですが、この中で、ピッチコンテストを通過し、かつVCから調達を受けたアイディアは、ドコモからスピンアウト(※)できるんです。出向という形態でもよかったのですが、私は辞職し、ReCuteの代表に就きました。
(※)スピンアウトではあるものの、ドコモはReCuteに少額出資している。

▲ 山下 萌々夏 | YAMASHITA Momoka
株式会社ReCute 代表取締役CEO
2021年にNTTコミュニケーションズ株式会社に入社後、OPEN HUBの共創プロ集団Catalystとして、SIer/外資企業との共創事業やドコモ顧客データ利活用案件/GX案件を中心に、事業創出から推進までを担う。2023年5月より「ReCute」の事業案を起案し、ドコモグループ内の新規事業創出コンテスト「docomo STARTUP CHALLENGE 2023」でBRONZE賞を獲得。その後、ポーラ・オルビスホールディングスからの出資が決まり、「docomo STARTUP」の第5号案件として2024年7月にドコモからスピンアウト。

渋谷ヒカリエ ShinQsにReCuteが設置された理由

香月(TAP): 実は私もついさっき、ShinQsのReCuteを使ってきたんです。出勤時に風が強すぎて巻きが取れてしまったので。ちょうど私が使ったタイミングで若い女の子たちが何人も入ってきて、「アイロンあるじゃん」「えっ、知らないの?」といった会話を耳にしました。「私すぐに使えるよ」といって友達を誘っていましたよ。

山下(ReCute): えっ、本当ですか。

香月(TAP): 「めっちゃ便利だよ」って紹介していました。周りの方も物珍しげに見ていましたし、認知度はどんどん高まっていると思います。

▲ 香月 友里|KATSUKI Yuri
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ
2024年東急株式会社へ出向。証券会社を経て、信販会社より出向。長年金融業界で営業職に従事。信販会社にてCVCを担当し、
オープンイノベーション業務について習得する為、フューチャー・デザイン・ラボに所属。東急アライアンスプラットフォーム(TAP)の事務局として東急グループのオープンイノベーション推進、新規事業開発に従事。

山下(ReCute): 嬉しいです。ありがたいですね。確かに流入経路として、口コミや知人からの紹介は多いんです。あとは「ヘアアイロン 渋谷 借りれる」といったワードで検索して、近いスポットにわざわざ行かれるユーザーも多いですね。

香月(TAP): ヘアアイロンはどれくらいの種類があるんですか?

山下(ReCute): 現在は4つのブランドと提携しています。中には高級なアイロンもあって、それはやはり人気があって回転数が高いですね。アイロンのお試し需要もあるのだと思います。ShinQsは今、3階と地下3階でそれぞれ異なる種類のアイロンを置いています(※)が、同じタイミングで3階と地下3階の双方を利用するユーザーもいます。施設回遊にも繋げられることがわかってきました。
(※)ご好評につき、2024年12月より、渋谷ヒカリエ ShinQsでは、地下1階の化粧室(女性用)に設置個所を拡大しています。

―― 東急百貨店が運営する渋谷ヒカリエ ShinQsにはReCuteが設置されています。どういったニーズがあって設置に至ったのでしょうか。

山口(東急百貨店): ShinQsでは開業にあたり、進化系レストルーム「スイッチルーム」を設置しました。「ON」「OFF」のキモチの切り替えができるスペースとして、通常の化粧室機能に加え、各フロアのコンセプトにあわせて香りを変えたり、立体的な音響が響く「KISSonix 3D」を導入するなど、心地よい空間の提供を目指しています。

ShinQsの開業から約12年が経ち、新しいサービスを導入したいとは漠然と考えていました。そんなときにReCuteの話を聞いたんです。

▲ 山口 裕介 | YAMAGUCHI Yusuke
株式会社東急百貨店 店舗運営事業部 ShinQs 営業推進 担当係長
2013年に東急百貨店入社後、東横店で食品売り場や家庭用品売り場にて販売に従事。2020年に営業本部 営業企画部に異動、自社アプリの管理業務や宣伝装飾業務を担当、2023年に事業戦略部 営業政策にて「フード」に関する施策立案業務を経験。2024年、ShinQsに異動、サービス担当として、店舗の顧客満足度向上に取り組んでいる。

―― なぜ今、ReCuteが必要とされているのでしょうか。

山下(ReCute): 確かに、以前は、特に男性の担当者にはヘアアイロンスポットの必要性がわかりにくかったかもしれません。しかし今のヘアアイロン市場を改めて見てみると、小型で持ち運べるアイロンのラインナップが増えたり、また高単価化なヘアアイロンも増えています。前髪を固定し形を崩さないようにするグルー(糊のようなもの)が登場したりと、市場の変化が男性でもわかりやすくなってきました。女性の課題感が高まり、現場の担当者の理解も進んでいるのが今なのだと認識しています。

また、LUUPやChargeSPOTといったシェアリングサービスが普及するにつれ、顧客がシェアリングサービスに慣れてきた影響も大きいですね。以前だったら化粧室にReCuteの箱が置いてあったら驚かれたかもしれませんが、現在は大きなハードルもなく使っていただいています。

山口(東急百貨店): 確かに導入にあたっては、お客さまがシェアリングに慣れてきているということもあり、利用面の心配はあまりしていませんでした。一方で、安全面や衛生面に対して女性がどう感じるのかという懸念があったのは事実です。それで実証実験をやってみたのですが、結果的に今に至るまで心配していたような声は届いていません。

DemoDayを利用して東急グループ全体にサービスを周知

――ReCuteがTAPに申し込んだ経緯を教えてください。

山下(ReCute): TAPの担当者とイベントでご一緒して、誘ってもらったんでしたよね。

香月(TAP): 有楽町で実証実験をしているものの、他のエリアでも試したいという話をイベントで聞いたんです。東急グループとしてもReCuteはニーズがあると思ったので、ショッピングモールを運営する株式会社東急モールズデベロップメント(以下「TMD」)の担当者と一緒に話を聞きました。予想通り、TMDとしてもお客さまの来館促進や満足度向上に繋がるのではないかということで、1カ月半後ぐらいに、みなとみらい東急スクエアで実証実験を開始したんです。

── 実証実験の結果はいかがでしたか?

山下(ReCute): 最初の実証実験の当時はまだこんなキレイな箱もなくて、既製品の白い箱にヘアアイロンを入れて置いていただけだったんです。ヘアアイロンが入っていますと書かれていましたが、蓋も閉まっているし、どんなブランドのどんなアイロンが入っているかもわからない。そのためお客さまになかなか認知してもらえず、想定より利用は少なかったんです。シェアリングサービスは認知度が向上して誘客に繋がるという面がありますしね。そもそものデザイン性やサービスのクオリティ、シェアリングビジネスの難しさみたいなところがあって伸び悩んだのが、最初の実証実験でした。

── それでも、東急グループとしての導入に繋がります。

香月(TAP): ReCuteには2024年3月のDemo Dayに出ていただきました。TMDで実証実験はしていたものの、場所をもっている他のグループ会社とも相性がいいのは明らかなので、Demo Dayをグループ内で知ってもらう機会にしたいと考えたんです。そうして最終的には東急百貨店、東急レクリエーション、東急スポーツシステムへ導入が進みました。もちろん山下さんを筆頭にReCuteの力による結果ですが、多少のサポートはできたのかと思います。

山口(東急百貨店): 繰り返しになりますが、施設で展開できる新しいサービスに関心があったので、ReCuteの話には惹かれました。ReCuteのターゲットである20〜30代の女性は我々の顧客でもありますから、新しいお客さまの誘致にもなります。実際に普段から困っている方が周りにいたこともあって、導入への反対意見は少なかったですね。

山下(ReCute): 3月にTAPのDemo Dayに出て、4月に会社を設立し、スピンアウトして会社が本格稼働できたのが7月くらい。それで8月には実証実験でしたから、タイトなスケジュール感でした。なかなか箱の形が決まらなかったり。

山口(東急百貨店): 今とは違う、スケルトンの長方形の箱を見せてもらって、弊社の店舗環境チームとも話して「ああでもないこうでもない」とディスカッションしましたね。懐かしい。

── どの辺りがネックだったのでしょうか?

山口(東急百貨店): 施設側としては安全面や衛生面、お客さまが困らないかという面ですね。また防犯面も気がかりでした。結果的に大きな問題が発生することなく運用できています。しかも利用者が着実に増えていますからね。

── 東急グループの他の会社で設置に至った理由も教えてください。

香月(TAP): Demo Dayで接点を築いた中に、スポーツジムを運営する東急スポーツシステム株式会社があります。スポーツジムは若い方に来てもらいたいというニーズが大きいため、ReCuteがその一助となるかもしれないということで、かなりポジティブに反応してくれていました。ただ商業施設のように不特定多数ではなく、特定の会員の利用を想定しているため、安全面や利用面で異なる視点が出てきたのは興味深かったですね。

山下(ReCute): お客さまの満足度を向上させ若い層の離脱を防ぎ、ゆくゆくは若い層の流入に繋げていきたいという目的で、導入には前向きにご検討いただきました。

── 実証実験や本導入を経て、改めてわかったことがあれば教えてください。

山下(ReCute): まず、事前に心配していた、安全面や衛生面に関して、大きな問題は発生しませんでした。ヘアアイロンを使い慣れているという意味での安全性は大丈夫でしたし、破損や盗難リスクも現在のところ対処できています。コードがグチャグチャになったりということもありませんし、キレイにご利用いただいています。「キレイそうだったから使ってみた」という声もありますし、そのあたりは上手く回っていますね。

香月(TAP): 私が利用したときも、利用後に写真を撮るなら余計にキレイに返さないといけないなとは思いました。20〜30代ならアプリに履歴が残ることも想像できるので、余計にキレイに使うのだと感じます。

山下(ReCute): 確かにそうかもしれません。とはいえやはり衛生面が重要になるということはわかったので、見回りや清掃はしっかりケアしていきたいと思っています。また、想定よりも自分で検索して来る方が多いという事実は大きな発見でした。そういう意味では、施設に誘客という価値は提供できているのかなと思います。

── 突発的に来た人の継続率は高いのですか?

山下(ReCute): たまたま見て使ったという方よりも、自分で調べてアプリをダウンロードして、わざわざ利用しに来た、という方は2回以上使う傾向にありますね。

東急グループを超えた導入も

── 東急グループとして今後のReCuteの導入について考えていることを教えてください。

香月(TAP): 個人的には、将来的にtoB的な観点での協業も見据えています。つまり、現在は商業施設やスポーツジム、フィットネスジムに設置していますが、例えばオフィスなど、他のエリアにもReCuteを広げていきたいです。

またReCuteはシェアリングサービスで、基本的には設置される場所が増えれば増えるほど価値が増すはず。そのため東急グループに限らず色んな場所に設置された方が良いと思っています。その点、今、TIB CATAPULTという東京都のプログラムが動いていて、その中で私たちも所属している、鉄道6社が集まった「TRIP」というコンソーシアムがあります。鉄道会社は似たような課題感を抱えているケースも多いので、ここでReCuteと東急の事例を共有して、他の鉄道会社にも広げていけないか画策しています。

山下(ReCute): ありがとうございます。是非よろしくお願いします。

── 最後に、今後のReCuteの展望を教えてください。

山下(ReCute): 設置場所を増やしてユーザーを増やすことが短期的な目標です。場所が増えれば、リアルなチャネルを押さえていて、同時にモバイルアプリを起点にユーザーと繋がれていることになります。この顧客接点はReCuteの強みになるはずです。これを活かし、事業を多角化していきたいですね。

既にReCuteに設置しているヘアアイロンのメーカーからは「ReCuteがお試し使いの機会になり、その後の購入に繋がっている」という声も届いています。このボックスや場所を活かし、メーカーに対するマーケティングプラットフォームとして展開していきたいです。

ゆくゆくは、女性の髪の毛はどういうタイミングでどういった課題が発生するのかといったデータが取れるようになっていくはず。そうなれば自分たちでヘアケアブランドを展開できるかもしれません。

また、ReCuteにヘアケア商品のテスターを設置し、「この商品は、この施設のテナントで売っています」という情報をアプリで配信し施設への動線を作ることで、施設の販売促進に繋がります。こういったことができたらいいですね。

山口(東急百貨店): 確かに、それは施設としても嬉しいです。是非よろしくお願いします。応援しています。

── 山下さん、山口さん、香月さん、本日はありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富隼平、撮影:ソネカワアキコ)