TAP2020 Interview
「東急レクリエーション×バルス」「東急百貨店×SELF」
――進化を続けるTAPから誕生した2つの共創事例を紐解く
東急株式会社
2020年10月6日
スタートアップ企業との事業共創を通じて産業の新陳代謝を促進し、日本経済の再興を図ることを目的に実施されている東急アクセラレートプログラム(以下、TAP)。
2015年のスタートから今年で6期目を迎えるが、これまで本プログラムにエントリーした企業は延べ600社以上にのぼる。そのうち40社以上の企業とのテストマーケティングが実施され、7社との業務・資本提携が実現するなど、現在では東急グループの各事業者とスタートアップ間の様々な共創を生み出す注目度の高いプログラムに成長している。
今回はプログラム運営をリードする東急株式会社・TAP運営事務局の福井氏をお迎えし、改めてTAPのコンセプトや独自の特徴についてお聞きすると共に、この5年間における本プログラムと運営体制の進化・変化などについても伺った。
また、グループ企業である東急レクリエーション、東急百貨店とスタートアップの間で実現した2つの共創事例を紹介することで、スタートアップがTAPに参加する本質的な魅力・メリットについても掘り下げていく。(※取材はオンラインで実施した)
東急グループ内における「オープンイノベーションの民主化」を推進中
まずは、運営サイドの立場からプログラムの推進をリードする東急株式会社の福井氏に、TAPのコンセプトや背景、目指している姿、5年間でのプログラムの進化や変化などについて伺った。
――TOMORUBA(旧・eiicon lab)編集部でも、過去数回にわたって取材をさせていただきましたが、TAPのコンセプト、実現したい世界観について改めてお聞かせいただけますか。
しかし、自前主義によるサービス開発では限界があります。TAPのようなプログラムによってグループ事業者とスタートアップとのオープンイノベーションを活性化させることで、東急グループの変革を進めていくことがプログラムに課せられたミッションの一つです。
また、人的サービスに依存した労働集約型ビジネスの複合企業体であるからこそ、他社にはない事業領域の広さと豊富なアセット、リアルな顧客接点を有していることが私たちの強みです。このようなグループの総合力を活かして、可能性のあるスタートアップと共にイノベーションを起こし、新たな街づくりを進めていきたいと考えています。
――2015年からスタートしたTAPも今回で6期目になります。運営サイドとして意識的にアップデートしてきたポイント、期を重ねることで変化してきた取り組み内容があれば教えてください。
さらに19年度後半からは、よりスピーディーな審査・選考を行うために応募受付から最短2週間で一次回答を出せる体制を構築しています。
――事務局の人員体制も増えているのでしょうか?
各事業者における検討事項に関しては、各社・各事業部のTAP担当者がリードしながら進めており、強固な組織体制を構築できていると思います。以前は事務局側から各事業者に案件の相談を持ちかけることが多かったのですが、それぞれに所属するTAP担当者間で活発に情報を交換し合う「横連携」によって共創が動き出す事例も増えてきていますね。
とくに最近では、自分の会社以外の事業分野にも興味を持ち、TAPやオープンイノベーションというものに対して主体的に動くことができるメンバーが多くなったという印象を持っています。スタートアップの皆さんにとっても、より適切な共創相手と出会い、スピーディーな協業ができるような土壌が整ってきたと感じています。
――通年応募制の採用や審査・選考の迅速化、参画グループ事業者の増加(27事業者以上)、グループ各事業者のTAP担当者など、プログラムが様々な面で進化を遂げていることがわかりました。その他にも多くの共創を生み出す原動力となっているような取り組みがあったら教えてください。
――他社のアクセラレートプログラムもそうですが、このコロナ禍で密な状況が作れないといった不自由さもあると思います。コロナの影響で変えたこと、変わったことなどはありますでしょうか?
また、私たちは、東急グループ内の誰もがスタートアップ連携という選択肢を持ち、応募スタートアップの情報へのアクセスや、ニーズの発信、事業共創の検討をできるような「オープンイノベーションの民主化」を目指しています。
たとえば8月からピッチ審査の動画をグループのポータルサイトなどにアップしているのですが、これによって東急グループの数万人という社員がスタートアップの情報を閲覧できるようになりました。こうした取り組みもコロナを契機に変わりつつある部分かもしれませんね。
「東急レクリエーション×バルス」〜109シネマズを活用したインタラクティブなVチューバーライブを実施
次にお話を伺ったのは、株式会社東急レクリエーション エンターテインメント開発部の板垣氏とバルス株式会社の林氏だ。シネマコンプレックス「109シネマズチェーン」を運営する東急レクリエーションは、TAPを通じてAR/VR技術を活用したライブプラットフォーム「SPWN」(スポーン)を提供するバルスと出会い、事業提携を実現。ここでは共創の背景と現状の取り組み、今後の共創ビジョンなどについてお伺いした。
――最初に両社の共創の背景について教えていただけますか?
2019年の4月、TAP事務局の方を交えてバルスさんと打ち合わせをさせていただいたところ、バルスさんはVRなどのXR関係の事業やVチューバーのライブなども手掛けていると伺い、当社の109シネマズでもVチューバーのライブができないだろうかと相談させていただいたことが最初のきっかけです。
バルス・林氏 : 当社は映画館や様々なイベント会場を双方向で結んでイベントができるシステムを持っています。以前は東京、名古屋、大阪の東名阪だけでイベントを行っていたのですが、地域毎に別の会社と実施していました。
今後、全国展開を推進していくにあたり、取引先が増え続けていくと、私たちとしても事務手続きなどで収集がつかなくなってしまうので、映画館を全国展開している東急レクリエーションさんと実施することにメリットを感じました。
――林さんは東急レクリエーションが映画館を全国展開していることに魅力を感じたと仰っていますが、板垣さんはバルスの技術やシステムのどのような部分に魅力を感じたのでしょうか。
なおかつ双方向での配信が可能ということで、アーティストサイドでもお客様の反応を捉えられるようなコールアンドレスポンスのライブができるという点が素晴らしいなと。
――両社の共創、実際の取り組みについて教えていただけますか?
――Vチューバーライブの反応や成果はいかがでしたか?
また、映画であれば大作になればなるほど、全国どこの映画館でも上映していますが、今回のようなODSであれば他の劇場との差別化にもつながると考えています。
――林さんにお聞きしたいのですが、ライブ開催や共創に関して難しかったこと、苦労されたことなどはありましたか?
最初に大阪の映画館でイベントを行う際も、検証のために映画を上映していない深夜に会場をお借りすることができましたし、設備を館内に継続的に置かせていただくなど、あらゆる面で臨機応変に対応いただけたことが成功につながっていると考えています。
――板垣さんにお伺いします。映画館は「映画を上映する施設」という前提があるので、通常と違うオペレーションが発生すると現場から難色を示されることもあると思うのですが、その辺はどのように対応していましたか?
もう一つは、事前にバルスさんの様々な実績をお伺いしていた時点で「これは行けるぞ」という期待感を社内全体に事前醸成できていたことも大きかったと思います。そうした期待感があったからこそ、現場側も「どんなことでも受け入れて進めていこう」という気持ちで取り組めたのではないでしょうか。
――今後、両社が共創によって仕掛けようとしているものがあれば教えてください。
たとえばヒカリエホールやストリームホールで行う演目を全国の109シネマズでライブビューイング展開するなど、東急グループの様々な施設も活用しながら価値のあるネットワークを構築していきたいと考えています。
点ではなく面で展開できる可能性の広がりの大きさは、とても魅力的
――林さんはTAPを通して東急レクリエーションとの共創を進めていますが、東急グループと組む魅力についてはどのようにお考えですか?
エンタメやカルチャーを展開する上で非常に好ましい場所である渋谷に、Bunkamura、ファッションビルのSHIBUYA109といった劇場以外の様々な施設を展開されています。また、渋谷の街とAR技術を組み合わせることで、街全体をフィールドにしたエンタメができたら面白いのではないかと思っています。
――東急グループと組むことで、単体の映画館や施設との提携では得られないグループ力を活かした幅広いビジネスにチャレンジできるということですね。
歩き疲れたという体験ですらエンタメになっていくので、点ではなく面で展開できる環境があるということは体験型のエンタメを考える上では非常に有利であると考えています。
「東急百貨店×SELF」〜セールスオートメーションAIによるECサイト上での接客を実現
最後にお話を伺ったのは、株式会社東急百貨店の橋本氏とSELF株式会社の佐藤氏。今年6月、東急百貨店が展開するオンラインショップ上でSELFが開発したECサイト向け新サービスであるセールスオートメーションAI「SELF LINK」を実証導入した。
その結果、「SELF LINK」の利用ユーザーは、非利用ユーザーに比べてコンバージョン率約2.5倍、顧客単価約1.6倍という導入効果が得られたという。両社の共創背景と実証導入におけるエピソード、今後の共創ビジョンについて詳しくお聞きした。
――両社の共創の背景について教えていただけますか?
ECの検索機能を使うことで、お客様が「欲しい」と感じている商品を見つけることは簡単ですが、お客様が意識していなかった「潜在的に求めている商品」をお勧めしたり、見つけていただいたりすることは難しい状況です。当社としては、何とかして実店舗の店頭と同じような接客サービスをネットショッピング上でも展開できないだろうかという課題を抱えていたのです。
そんな時、TAP事務局を通じてSELFさんと出会いました。SELFさんが開発したECサイト向けの新サービスを課題解決の糸口にできないかと考え、今回の共創に至りました。
これはECだけではなく、Webサイトやアプリといった様々な分野で活用できるエンジンですが、今回新たに「SELF LINK」というECに特化したエンジンを開発した際にTAP事務局を通じて紹介させていただいたことで、東急百貨店さんとつながることができました。
――今年6月に「父の日特集」「渋谷ワインステーション」「お中元」といったテーマでギフト提案の実証導入をされたそうですが、最初から6月にフォーカスして共創を勧められていたのでしょうか。
母の日に向けて十分な準備ができない状況下でSELFさんと次の展開を詰めていった結果、6月の父の日をターゲットにしようということになりました。
――4月、5月の頃は、緊急事態宣言がいつ解除になるかわからない状況でした。結局5月末には解除されましたが、そこから6月の「父の日」に向けて再始動ということで、かなり大変だったのではないでしょうか。
そうした状況下にも関わらずSELFさんに積極的に取り組んでいただけたお陰もあり、どうにかスタートすることができました。
――「SELF LINK」のサイトでデモを見させていただきました。ECサイトの下部にウィジェットがあって、ユーザーが質問の選択肢を選んでいくことで実際の接客を受けているような買い物ができるのですね。こうした会話や接客のディティールを詰めていく工程ではかなり苦労されたのではないでしょうか?
ただ、今回の「SELF LINK」に関する東急百貨店さんとの取り組みでは、東急百貨店さんの接客ノウハウとの掛け合わせで開発していくという前提があったので、接客の部分に関しては両社で相当な擦り合わせを行っていますし、そうした努力が成功につながっていることは間違いないと思います。
――確かに実証導入の結果、驚くべき成果を記録されていますね。実際の数値なども含め、この結果をどのように受け止めていますか?
ネットショッピングであっても、きちんとした接客を行えば新たな商品の購入につなげられるということが数値として実感できたという意味では、素晴らしい実証実験だったのではないでしょうか。
――佐藤さんはいかがですか?
ECでは目的としている商品以外は目につきにくいものですが、「SELF LINK」を活用いただくことで「こんな便利なものがあったんだ」「これは自分にあっているかもしれない」というものも見つけていただくことができますし、そうした機能が顧客単価の向上にしっかり結びつくことも確認できました。
スタートアップファーストのスタンスが魅力的
――SELF・佐藤さんは他の企業とも共創・協業経験があるということですが、今回の共創を通して東急百貨店や東急グループと組む魅力をどのように感じていますか?
また、今回は東急百貨店さんとのECの取り組みでしたが、東急グループさん自体は様々な事業会社を持っているので、今後も幅広い領域で共創・協業の可能性があると感じています。
――両社の共創の今後の展開などについて聞かせていただけますか?
当社の実店舗の方でもデジタルに特化した部門があるので、そのような部署とSELFさんを交えつつ社内調整を進めていきたいと考えています。
取材後記
今回の取材ではTAPによって実現したエンターテインメントとECに関する共創事例についてお聞きしたが、東急グループの事業領域は鉄道、バス、ホテル、フィットネス、介護、ツーリズム、セキュリティ、ヘルスケア、電力など、世の中に存在するほとんどの全ての産業を含んでいると言っても過言ではないほど広大だ。
バルスの林氏、SELFの佐藤氏が語っていたように、スタートアップにとっては一領域での共創に留まらない新たなビジネスの広がりを期待できることも、TAPに参加する大きな魅力の一つと言えそうだ。
自社が持つ技術やプロダクトのポテンシャルを可能な限り幅広い領域で活かしたいと考えているスタートアップ関係者は、TAPへのエントリーを検討してみてはいかがだろうか。
東急株式会社
お客さまの安全確保を最優先に考え、他社線との相互直通運転による、さらなる利便性の向上を目指しています。また、沿線外からのお客さま誘致につながる、さまざまな施策を推進し、「日本一住みたい沿線 東急沿線」を支えます。
TOMORUBA取材・撮影・制作
TOMORUBAより転載