工具照合自動化ツール「工具ミッケ」が仕掛ける、建設現場のDX。
オープンイノベーションで描く東急建設初のビジネスモデルとは
|アイリッジ×東急建設

2023年2月27日

東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月に東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)から生まれた協業事例を紹介する本記事。今回は株式会社アイリッジ(以下「アイリッジ」)と、東急建設株式会社(以下「東急建設」)の協業事例を紹介します。

TAPを通して知り合ったアイリッジと東急建設。両社が取り組んだ課題は建設のDXでした。開発したのは、工具の照合作業を自動化し、作業時間の削減と生産性向上を実現するスマホアプリ「工具ミッケ」。RFIDや写真を使った工具管理ができるこのアプリですが、協業はここで終わりではなく、どうやらまだ先を見据えているようです。

また工具ミッケは、両社が共同でビジネスモデルを構築したこともその特徴。TAPだからこそ出会えた両社の出会いのきっかけ、建設現場の課題、工具ミッケの今と未来。協業担当者であるアイリッジの吉岡さんと、東急建設の小島・上岡に話を聞きました。

TAPの仕組みだからこそ、両社は出会えた

――吉岡さんが所属しているアイリッジのMaaS事業推進室はどのような部署なのでしょうか。

吉岡(アイリッジ): アイリッジは、企業のOMO(Online Merges with Offline)支援を軸に、リテールテック、フィンテック、MaaS、VUI(音声インターフェース)、業務支援等、幅広い領域で企業のDXを支援している会社です。2015年に上場しています。

その中で東急電鉄をはじめとした、鉄道会社のコンシューマ向けアプリ開発の支援を担っているのが、私が所属するMaaS事業推進室とモビリティグループです。

▲ 吉岡 大輔(Yoshioka Daisuke)
株式会社アイリッジMaaS事業推進室長 兼 営業本部 ビジネスパートナー部 モビリティグループ長
学習院大学を卒業後、信託銀行、ITベンチャーを経て2013年よりアイリッジに参画。金融系(銀行、損保)や鉄道系などのアプリ開発案件でPM・セールスを担当。東急線アプリのリリース当初から10年間携わり、業務用アプリやサイネージ、AIスピーカーなど様々なシステム開発を担当。その他複数の鉄道系アプリやMaaS案件のプロジェクトを統括。2018年から2020年まで東急株式会社へ兼務出向。

吉岡(アイリッジ): 近年MaaS(Mobility as a Service)領域に注目している鉄道会社が増えています。というのも、コロナの影響でリモートワークが増えて定期収入が下がっているため、定期外収入を増やさないといけない状況になっているからです。そこで沿線の観光地の移動を支援したり、魅力を発信したりするためのMaaSアプリを検討する会社が増えています。アイリッジはそのような企業を、アプリの企画支援から開発、運用面から幅広くお手伝いしてきました。おかげさまで大手鉄道会社のMaaSアプリの中ではトップシェアの実績となっています。

――MaaSと聞くとライドシェアみたいなサービスを思い浮かべてしまいますが、観光も含めたもうちょっと幅広い概念というイメージですね。一方の小島さんと上岡さんが所属する東急建設 価値創造推進室デジタルイノベーション部について教えて下さい。

小島(東急建設): 価値創造推進室は2021年にできた新しい部署で、サステナビリティ推進部、イノベーション推進部、そしてデジタルイノベーション部から構成されています。室長の上司は社長なので、社長直轄の部署ですね。その中でデジタルイノベーション部は、いわゆる昨今の「DX」の推進を担当しています。

価値創造推進室は社長直轄でデジタルイノベーション等を所管(image:東急建設)

上岡(東急建設): 私が所属しているデジタルイノベーション部の中の「ビジネスデジタル推進グループ」は、新規事業に加え、業務のデジタル化、つまり土木や建築という本業のデジタル化の推進がミッションです。そうした背景から今回のアイリッジさんとの協業も担当しています。

――それでは、アイリッジが東急グループとの協業を狙ってTAPに応募した経緯を教えて下さい。

吉岡(アイリッジ): 実は当時、他の仕事でRFIDを使ったシステムを開発していたんです。その頃から鉄道会社各社とも仕事をしていたので、このRFIDの仕組みは鉄道会社でも使えると感じていました。そこで東急とも取り組みができないかと思って、前から知っていたTAPに申し込んだんです。

なので最初は、協業の相談をするのは東急建設ではなく、鉄道事業を担う東急電鉄だと思っていました。しかし後から分かったのですが、駅の大掛かりな工事を担当しているのは東急電鉄ではなく東急建設だったんですね。それで東急建設からお声掛けいただいて、今回の協業に繋がっています。

小島(東急建設): TAPでは、スタートアップからご応募いただいた後、事務局が「この会社は東急建設、この会社は東急百貨店、この会社は東急電鉄……」と振り分けるのではなく、応募していただいた全ての会社に全てのTAP参画事業者が目を通し、興味のある会社に対してお声掛けするという仕組みを採っています。

参画事業者の課題全てをTAP事務局が把握するのは限界がありますし、東急グループが世の中のトレンドを知る機会にもしなければいけない。今回のアイリッジさんのように、本来は東急建設の担当なのに、他の会社にアクセスしてしまうというケースもあります。事務局の思わぬところでマッチングが成立することもあるため、最初の段階であえて協業候補先を絞り過ぎない仕組みに設計しているんです。この方式だからこそ、今回東急建設もアイリッジさんと出会えたんだと思っています。

▲ 小島 文寛(Ojima Fumihiro)
東急建設株式会社 価値創造推進室 デジタルイノベーション部 部長
2004年に東急建設株式会社に入社。技術研究所・施工現場の経験を経た後、建設生産システムの効率化・高度化を図るBIM/CIMや建設ICTを土木分野で推進する。
2021年4月より現職。新設された社内のDX推進部署として、DXビジョン・戦略の策定と実践を担い、同社の新しい価値創造を目指す。

吉岡(アイリッジ): 仮にアイリッジとして提案したい内容が東急建設の担当領域だと知っていたとしても、当時は東急建設との取引がなく、どうアクセスしたらいいか分かりませんでした。でもTAPを通したことでスムーズに小島さんたちに出会えています。時間と労力を節約できたのは助かりましたね。

建設現場の工具の照合作業を省力化する「工具ミッケ」

――それでは、アイリッジと東急建設の協業内容を教えて下さい。

上岡(東急建設): アイリッジと東急建設では、RFID(無線自動識別)とスマートフォンアプリを活用した建設DXサービス「工具ミッケ」を共同開発・販売しています。これは工事現場で使う工具の照合作業を自動化し、作業時間の削減と生産性向上を実現するサービスです。

▲ 上岡 なつみ(Ueoka Natsumi)
東急建設株式会社 価値創造推進室 デジタルイノベーション部 ビジネスデジタル推進グループ
2017年入社。全社のデジタル改革のリード&サポート、新ビジネスモデルの構築・事業化検討に従事。設備技術員として入社後、設備施工管理、共同住宅や大学の建築設備設計(空調・衛生)を経て、現部署に所属。

上岡(東急建設): 鉄道工事で使用する工具は、ドリルから脚立まで多岐に渡ります。この工具の線路内置き忘れを防止するために、これまでは持ち出す工具をまずヤード(工具置き場)で紙に書き出して現場に移動し、作業開始前、作業終了後、ヤードに戻ってからと計3回、1つずつ目視確認していました。これが非常に時間のかかる作業だったんです。

「工具ミッケ」ではこの作業を、ひとまとめにした工具類の上にRFIDスキャナをかざすだけで「実際の工具」と「リスト上の工具」を数秒で照合できる仕組みとなっています。

照合したら、工具数量チェックをして全ての工具が揃った時のみ作業完了報告画面に遷移。予め指定した工事監督者のメールアドレスと作業完了報告内容が入力された状態でメール画面が立ち上がり、送信ボタンをタップするだけで、ペーパーレスで作業完了報告が提出できます。これらの機能により、建設作業のDXが期待できるというわけです。

工具にはRFIDタグが貼られており、RFIDスキャナとスマホを使って一瞬で照合する(写真左)

小島(東急建設): 2019年に電波法の規制緩和があって、事業者がRFIDを使いやすくなりました。これが工具ミッケのビジネスのきっかけとなっているのですが、RFIDを使うためには、事業者の電波法に基づく総務省への各種申請手続きが必要で、これがかなり大変なんです。なので申請代行もサービスの中に含めることで、現場への負担が増えず、簡単に導入できるようなサービスとしました。

上岡(東急建設): 線路での作業に際して、工具が1つでも見つからないということは、安全のために絶対に避けなければなりません。そこで工具ミッケにはその名の通り、工具のサーチ機能も備えています。「工具を探す」ボタンを押せば、最大で7メートル以内にある工具がどの辺りにあるかを教えてくれるんです。

小島(東急建設): PoCではトラック1台分程の工具類でも1分とかからず照合から作業報告までを完了できました。ターミナル駅の工事現場など、大規模な現場ほど工数削減の効果が期待できます。

――ユーザーとなる現場の方の反応はいかがでしょうか。

上岡(東急建設): チェックは数秒で終わるので、皆さん「早いね!」と驚いてくれます。

また従前のように紙を現場に持っていくと、雨で濡れてしまったり、その紙を管理しなければならなかったりと、苦労が絶えません。でもスマホならいつでもチェックできますし、実際に当日何を使ったのかという記録も残せる。また工事監督者のアドレスを登録しておけば、アプリから自動で作業完了の連絡が届くようにもなっています。クラウド管理なので、あらゆるデバイスからデータにアクセスできるのも工具ミッケの利点ですね。

PoCの現場から出た課題

――TAPで出会った際、東急建設はなぜアイリッジと協業しようと思ったのでしょうか。

小島(東急建設): 私は価値創造推進室へ配属になる以前は、土木のICTを担当していました。実はそこでRFIDを使って業務のデジタル化・効率化ができないかを既に検討していて、試作機を作っていたんです。当初の案では全ての工具にRFIDをつけていたのですが、RFIDが上手く反応しなかったり、急な工具の追加に対応できなかったりと、課題が多くありました。

そんなとき、ちょうどTAPでアイリッジさんの話を聞いたんです。アイリッジさんはスマホアプリを開発している会社でデジタルのノウハウがあるし、絶対に一緒にやったほうがいい。そう直感して、TAP経由で面会をお願いしました。

小島(東急建設): それで試しに一緒にやってみましょうという話になって、吉岡さんたちに相談しながら、色々なチューニングをしました。例えば、工具を全て管理することが目的だから、RFIDだけでなく、写真も使ってリストチェックできる仕組みを加えています。

上岡(東急建設): 試作のアプリができたらPoCを実施して、現場からどんどんフィードバックをもらいました。例えば工具リスト内の写真はタップすることで写真が見やすくポップアップされるようにしたり、スキャン感度の変更ができるようにしたりして、特定の工具をスキャンしたいときは感度を弱く設定し、逆に全体の工具を確認したいときには感度を強く設定できるように再開発しています。やはり現場で使ってみて分かることは多かったですね。

小島(東急建設): 今までは、1人が「コンベックス1、スパナ1……」とリストを読み上げて、もう1人がそれを手書きして工具確認をしていました。しかし工具ミッケを使えば、スマホを使って1人で入力できるようになる。それだけでもこの作業にかける人数が半分で済みます。しかもチェック自体も「ピッ」と一瞬で終わる。これでかなりの工数削減に成功しました。

工事が終わったあとなんて、もうクタクタだから早く帰りたいわけです。でもこの確認作業に労力がかかる。それがすぐに終わるようになったので、現場の方が精神的にも楽になっているという効果もあるようです。

吉岡(アイリッジ): 一旦リリースした工具ミッケですが、これで終わらせるつもりはありません。工具ミッケはまだまだ広がりがあるサービスだなと感じています。PoCから本当にたくさんのリクエストをいただきましたからね。

例えば、工事現場で使う工具は自社のものだけではなく、リース会社やレンタル会社から借りているものもあると聞いています。ただ、工事が終わっていざ返そうと思ったら、見つからないということも多々あるそうで、その場合は当然弁償しなければなりません。しかし工具ミッケなら、工具をなくす可能性を下げられて、その分のコストを節約できます。

上岡(東急建設): 似たような話がありまして、例えば「レンタル会社から借りた足場材を返却する際に、全部ちゃんと揃っているかチェックするのが大変」という話があります。借りたものが全てあるかすぐには分からないということですね。状況としては工具と似ているので、工具ミッケの仕組みでこの課題を解決できる可能性があるのではないかと考えています。

進化の先を見据える工具ミッケ

――工具ミッケは、開発だけでなく販売面でも両社で協業していると聞きました。

吉岡(アイリッジ): その通りです。工具ミッケのプロジェクトの面白いところは、単に東急建設と協力してアプリを作ったということに留まりません。工具ミッケはアイリッジが面に立って他の鉄道会社にも販売しているのですが、実は裏側では東急建設とアイリッジが売上も費用も折半しているんです。なので東急建設には販売面でもかなり尽力していただいています。

――東急建設としては、こういったレベニュー・コストシェア型の協業は今までもあったのでしょうか。

小島(東急建設): 私の知る限りは初めてですね。特にこういったソフトウェア関連は間違いなく初です。

だからといって、特に社内で懐疑的な意見があったわけでもありません。最初から発注する・受注するという関係性ではなく、TAPを通じたオープンイノベーションから始まったプロジェクトということもあって、このビジネスモデルになったのは当然の帰結でしたし、社内でもすんなりと受け入れられました。

吉岡さんも仰っていましたが、東急建設としても、これで協業を終わらせるつもりはありません。先述した通り、現段階の工具ミッケは必要最低限の機能を揃えたMVPみたいなもの。現在色々な方に使っていただくことで「これはできないの?」「工具は探せる?」「こういう機能が欲しい」といった声が次々と集まってきています。データを使ったビジネスも考えていますし、今後も色んなアイディアを出していきたいですね。

吉岡(アイリッジ): そうですね。このプロジェクトもRFIDに始まって結局写真を併用することにしたように、次の課題を解決するために必要な技術はビーコンかもしれないし、ドローンかもしれない。アイリッジは人の位置情報を扱ってきた会社なので、それに加えてモノの位置情報も扱えたら面白くなるのではないかと思っています。

――最後に、「工具ミッケ」の今後の課題を教えて下さい。

上岡(東急建設): 今最も大変なのは、RFIDタグの工具への貼り付けです。東急建設が直接全ての工事を担当するならいいのですが、協力会社の方々に工事をしていただくことも往々にしてあります。協力会社の方々にどれだけ工具ミッケを使っていただける体制を築けるか。それが目下の課題です。

吉岡(アイリッジ): 「ある工具をたくさん借りているのだけど、全部は使っていない。そのため使っていない分は返したいのに、何個使っているのか詳しく分からず、結局返せない」ということが工事現場ではよくあるようです。工具ミッケをうまく使えば、そういった道具の稼働率も把握できるはずです。そういう現場の課題に対応していきたいですね。

また、今の工具ミッケは、最大で7メートル以内の工具を探せるようになっていますが、大規模工事になれば、もっと広い範囲で捜索できたほうが便利です。ビーコンを使えるようにすれば50メートルでも探せるようになるので、その機能も開発すれば、工具ミッケをより多くの現場で使ってもらえます。これは建設現場のマッピングも必要になるので難しい話ですが、そういったニーズはあると思います。

上岡(東急建設): あっ……。

――上岡さん、どうされました……?

上岡(東急建設): 東急建設ではCVCも運営しているのですが、ちょうど今の話と上手く連携できそうな話がありまして……あとで相談します(笑)。

吉岡(アイリッジ): よろしくお願いします(笑)。

――工具ミッケの広がりが垣間見えましたね。楽しみにしています。吉岡さん、小島さん、上岡さん、本日はありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富 隼平・撮影:taisho)