
オンライン物産展で協業
鍵は商品選定とタイミング|エドノイチ×東急百貨店
2023年2月7日
東急グループとスタートアップとのオープンイノベーションを加速させるべく2015年に誕生した東急アライアンスプラットフォーム(2021年8月に東急アクセラレートプログラムから名称変更。以下「TAP」)から生まれた協業事例を紹介する本記事。今回は株式会社3rdcompass(以下「3rdcompass」)と株式会社東急百貨店(以下「東急百貨店」)の協業事例を紹介します。
「ECで産地直送の取扱商品を増やしたい」。
そう語るのは東急百貨店でオープンイノベーションを担当する小林。そんな折、一次生産者の商品を直接消費者の自宅に届ける「エドノイチ」を運営する3rdcompassとTAPを介して出会います。両社は協業し、広島の産直品を集めたオンライン物産展「広島物産展 Selected by ひろしまーとBUCHI」を開催するに至りました。
協業の内容、協業から得た気づき、これからの課題。3rdcompassの木村社長を迎え、東急百貨店の小林と共に話を聞きます。
地方から新鮮な魚を空輸する秘訣
――木村さん、小林さん、本日はよろしくお願いします。まずは3rdcompassの紹介をお願いします。
木村(3rdcompass): 3rdcompassはエドノイチというサービスを運営しています。これは空輸や独⾃配送などの「物流改⾰」、リアル×ネットの「販路改革」をもって、地⽅や⼀次⽣産者の課題を解決するための販売配送⽀援をする、D2Cサービスです。もとはANA Cargo社との業務提携からスタートしています。

株式会社3rd compass代表取締役
大手小売業にて店長やスーパーバイザーを経験。商品仕入・展開・販売方法を各店に合わせた取組多数。その後Softbankグループで通信事業や、Recruitグループで新規事業責任者として経験。2018年にインバウンド向け会社を設立し、地方空港や事業者等と活性化(拡販)について取組み、2020年当社設立。
木村(3rdcompass): エドノイチを立ち上げたのはコロナ禍の2020年。当時はホテルや飲食店が緊急事態宣言により全く稼働していないこともあって、産地の魚や野菜などが食べられずにそのまま捨てられ生産者が困っていると頻繁に報道されている時期でした。こういった生産者からのSOSをなんとかしたいと思って、エドノイチを立ち上げています。
――どういった経緯でANA Cargoと提携したのでしょうか。
木村(3rdcompass): 例えば地方から魚を首都圏に配送するとして、陸路では1~2日かかりますが、空輸なら数時間で配送できます。なので首都圏の4300万人に鮮度の高い魚を届けようとしたら空輸すればいいのですが、実は魚は、輸送に大きな時間と労力がかかるんです。そのため飲食店向けの空輸事業者はいても、消費者向けの事業者はほとんどいませんでした。それをなんとかできないかとANA Cargoに相談しにいったんです。
――もともとANA Cargoとはやり取りがあったのでしょうか。
木村(3rdcompass): いや、それが全く(笑)。インバウンド事業の経験があったのでその関連部署の方々は知っていたのですが、物流関係の方々は知りませんでした。しかし、諦めずに何回かコンタクトを取ることで、提携に至ったんです。

木村(3rdcompass): ANA Cargoとの商談も無事に終わり、空輸できることになって最初に取り扱ったのは、稚内のカニでした。稚内から東京まで、陸路でカニを運ぼうとすると1.5~3日ほどかかるのですが、空輸なら2時間で配送できます。なので新鮮なカニを稚内から東京に送れるようになりました。
――「陸路だと時間がかかるから空路で運ぼう」というアイディアは、そんなに突拍子もないとは思えません。なぜ今までそういったサービスがなかったのでしょうか。
木村(3rdcompass): 様々な理由がありますが一例を挙げると、空港から空港に運ぶのは難しくないんですよ。難しいのは、空港から消費者宅への配送なんです。
つまりこういうことです。一般的な契約を前提とすれば、配送業者とは「毎日X時に空港に集荷に来て下さい」という契約をします。しかし飛行機は天候の関係等もあって、ちゃんと定時に到着しないことも少なくありません。このとき、配送業者が空港に到着した際に、空輸が到着していなかったらどうするのかという問題を解決しなければいけない。これが難しかったようです。物理的にはできるのですが、事業として、オペレーションとして成立させるのが難しかったということですね。
―― エドノイチはどのようにその課題を克服したのでしょうか。
木村(3rdcompass): 簡単に説明すると、豊洲市場の仲買業者と契約して、羽田空港から豊洲市場に行くトラックの一部を活用できないかと考えました。トラックの空いているところをシェアしてもらって、羽田空港~豊洲市場間で、冷蔵・冷凍しながら商品を運べるようにしたのです。豊洲市場に一旦商品を運び、温度管理保管しながら消費者宅へ届けるわけですね。これで商品の鮮度を落とさずに冷蔵庫の中でずっと保管しながら運べる体制が構築できました。なので3rdcompassとしてトラックは保有していないし、当然飛行機も所有していません。コストメリットも含めてこれが他社ではなかなか真似できない秘訣です。
話をまとめると、色々な空いているスペースを借りながら物流のシステムを構築し、ワンストップで生産者から消費者の家まで運べる体制をつくることで産地直送を実現した、というわけですね。
―― カニから始まったエドノイチですが、現在はどのような商品を取り扱っているのでしょうか。
木村(3rdcompass): 採れたての魚介類だけではなく、それ以外にも様々な商品を扱うようになってきました。それこそ後述する東急百貨店と開催している広島物産展では、広島でだけ展開しているレモンケーキやはっさく大福など、地元でしか食べられていない商品の取り扱いが増えています。だいたい6割が加工品、4割が生きたものですね。空港から離れたところにある商品も手に入るということで、消費者の方々にご好評いただいています。
―― 加工品が増えてくると、逆に鮮度の高い商品が入手できるというエドノイチの特徴が薄れてしまわないのでしょうか。
木村(3rdcompass): それが逆なんです。一般的に加工品というと、例えば沖縄だったら「ちんすこう」みたいな有名アイテムが思い浮かびますよね。でもエドノイチが掲載しているのは、地元の洋菓子屋やメーカーの商品。大手ECサイトや自社ECで販売すればいいのでは、と疑問をもつかもしれませんが、小さなお店はノウハウや予算等の理由から、出店できないケースも少なくありません。私たちは地元優良企業と手を組み、現地の声を反映した掲載に繋げています。これもエドノイチの魅力の一つですね。

協業したオンライン広島物産展は会期延長の人気
―― 東急百貨店で3rdcompassとの協業を担当されている小林さんにもお話を聞いていきます。最初エドノイチを知ったときの印象を教えて下さい。
小林(東急百貨店): 木村さんご自身が生産者の声を非常に大切にしている方だなという印象を受けました。というのも、東急百貨店もこれまで様々な物産展をリアルで開催してきたわけですが、どうしても生産者の方々の立場を考えると、輸送費、人件費、東京での宿泊費など出店コストが嵩む課題を感じることがあったんです。
そんな中、木村さんがピッチで「生産者さんの困っていることを解決します」と言っていて、真摯だなという印象を受けました。一方で、エドノイチで用意した商品をどうお客さまに届けるかは東急百貨店の役目だと思い、何か一緒に取り組みたいなと感じたことを覚えています。

株式会社東急百貨店 事業戦略室 事業開発部 マネジャー
入社後、本店で自主編集売り場担当からテナント管理、イベント担当として、多くの取引先との取り組みを実施。2018年、現在の事業開発部に異動、新規物件や新規事業の開発に携わり、同年TAPに参画。「新しいお買い物体験の提供」を目的に事業連携の立案や、店舗やEC、デジタルを活用したPoCを推進・実行する。
小林(東急百貨店): 東急百貨店としても、コロナ禍もあってEC事業に注力していく中、店頭在庫を持たない産地直送モデルを強化していこうという時期でした。そこで担当バイヤーと「エドノイチと連携したオンライン物産展ができればバッチリ」だと話し、構想を練り始めたんです。
―― 百貨店の強みはリアルだと思うのですが、ECにはどのようなスタンスなのでしょうか。
小林(東急百貨店): おっしゃる通り、百貨店のECではリアル店舗のようなライブ感やしずる感の提供はなかなか難しく、圧倒的に価格が安いわけでもありません。
そうするとやはり勝負すべきは独自の商材や提案力になってきます。そこにエドノイチが提供している「産地直送」や「地元でしか見つからないものがある」というのは、非常に相性がいいと考えて、今回の協業に至りました。
――それで今回の協業に繋がっているわけですね。どんな協業になったのでしょうか。
小林(東急百貨店): 東急百貨店としては北海道、長野、福島とオンライン物産展を開催しており、3rdcompass が力を入れている広島を次の物産展の舞台に選びました。
木村(3rdcompass): 3rdcompassは地元放送局である「広島ホームテレビ(テレビ朝日系列)」と共同で、広島県産品を中心とした産地直送通販サイト「ひろしまーとBUCHI」を運営しています(※)。これは広島ホームテレビの取材や地元企業との繋がりを活かして、発掘した広島県内の逸品を紹介するECサイトです。
※ 2022年12月31日まで協業運営。23年1月からは3rdcompassが単独運営

小林(東急百貨店): この「ひろしまーとBUCHI」と東急百貨店が連携し、東急百貨店ネットショッピングにて、広島の産直品を集めたオンライン物産展「広島物産展 Selected by ひろしまーとBUCHI」を開催しました。
広島物産展は過去にもリアルで開催しているのですが、今回は広島の有名なものというよりは、まだ知られていないような商品、まだ全国進出していない出店者さまの商品を中心に紹介しているのが特徴です。
木村(3rdcompass): ピックアップした価値ある商品を、世の中に知ってもらうための間口を広げていきたい。これが3rdcompassと東急百貨店が協業する狙いです。
小林(東急百貨店): このオンライン広島物産展ですが、当初の予定では半年間のPoCの予定だったのですが、人気のため期間を延長しています。リアル店舗の物産展だと1週間程度しか開催できませんが、オンラインなら長期間開催できるというのも特徴のひとつですね。
――今回のオンライン広島物産展は、今までのオンライン物産展とはコンセプトを変えての開催だったわけですね。その影響はありましたか?
小林(東急百貨店): 地元での発掘力のある「ひろしまーとBUCHI」の魅力を出していこうと、生産者の写真や動画を商品ページに取り入れ、特集などページでの伝え方を試行錯誤しています。
一方で課題もありました。例えばフルーツ大福。これまで冷凍で2週間ほど日持ちする商品は展開したことがあったのですが、エドノイチで取り扱っている商品は作りたてなので「冷蔵で3日しかもたない」というのです。なのでお客さまがスムーズに受け取れないとすぐに消費期限が切れてしまう。それほど消費期限が短い商品は扱ったことがなかったので、担当バイヤーと対応に苦慮しました。

小林(東急百貨店): ただ先述したように、当社としては今、産地直送の商品を増やしていきたいと考えています。そうすると、今回のように消費期限が今までより短いということは十分に起こり得る。受注の仕組みや受取手段の多様化を解決していかないと、生鮮食品等、今後拡大させたいと思っている商品がECで提供できないので、ちょうどいいタイミングで課題が露出してくれました。
――エドノイチのウリでもあるからここは譲れないですよね。
木村(3rdcompass): そうですね。よくある商品なら大手ECサイトで買っていただければいいと思うんです。なのでエドノイチではここにしかないものを扱いたい。定番品がないのでとっつきにくい側面はあるかもしれませんが、一度買っていただけるとリピートしていただくことも多いので「ここにしかないものがある」といのは、エドノイチの魅力だと思っています。

木村(3rdcompass): 一緒に取り組んでみて改めて、東急百貨店とエドノイチの客層や年齢層が違うが故に、売れるものが違うんだなとも感じました。エドノイチでははっさく大福や果物が非常に人気で、また値引きへの反応がいいのですが、東急百貨店のお客さまはアナゴでも何かのスープのような珍しいものでも「高くても価値があるもの」に反応することが多い。
なので「価値はあるけど売れるかな」と我々が不安になっている商品でも、「おお、東急百貨店で売れた!」みたいなことは度々あります。東急さんとタッグを組んだことで購入数が増える商品があるのは、僕たちにとっても生産者にとってもありがたいことです。
当初、東急百貨店からも注文があったことで生産者側が「こんなに来ると思っていなかった」といって配送が遅れてしまうことがあるほどの反響でした。そうしたトラブルへの対応も随時行っています。
オンラインに勝利の方程式はない
小林(東急百貨店): オンライン物産展の認知拡大にも苦戦しました。魅力的な商品を増やしていってもPVが伸び悩んでいたんです。そこでLINEで紹介してみることにしました。
今までLINEは「XX店舗で○○のフェアをやっています」と、リアル店舗の情報発信を中心に使っていたので、今回のようにオンラインの紹介をする機会は少なかったんです。なのでちょっと心配していたのですが、いざLINEでオンライン広島物産展を紹介してみたら、相当のアクセスがあり、その日の受注もいつもより多かった。産地直送や珍しいものがあるという内容と、LINEのような即効性のあるコミュニケーションツールは相性がよいことがわかったことは発見でしたね。
木村(3rdcompass): 確かに、LINEで配信したら販売が伸びたという話は印象的でしたね。ただこれは決して「ECやD2CとLINEの組み合わせは勝利の方程式だ!」なんていう単純な話ではなく、やり方は商材やタイミングによって色々と試行錯誤しなければいけないという教訓です。
実際エドノイチでも、「前回あのやり方で成功したから」と同じことをやると、たまに大失敗することがあるんです。商品とタイミング。この掛け合わせはオンラインでは常に意識しないといけません。

木村(3rdcompass): 例えばコロナ禍になったばかりのころ、エドノイチは農林水産省の「#元気いただきますプロジェクト」に採択されたこともあって、送料無料で商品を販売していたんです。この時期はこれだけで飛ぶように売れていました。
ですが現在は消費者が「産地に行って食べよう」というマインドになっている。なので送料無料の効果は確実に弱まっていて、逆にどんな価値があるかを伝えなくてはならなくなっています。なので今は生産者のコメントや現地アーカイブ、食べ方特集等をつけてみたり、いろんなABテストをやってみたりしていますね。
――成功事例の転用が難しいという話は、百貨店でも同じですか?
小林(東急百貨店): そうですね。去年当たったものが今年は当たらないという話は珍しくありません。なのでどんどん時代に合わせたマーケティングをしていかなくてはなりません。
東急百貨店は2023年1月末に本店(渋谷)の営業を終了します。とはいえ渋谷駅周辺には、当社が力を入れている食の拠点として、「渋谷東急フードショー」、渋谷ヒカリエ ShinQsの「東横のれん街」や渋谷スクランブルスクエアの「東急フードショーエッジ」など、お客さまが買い物できる場所はあります。ただ飛び地になっていて買い物するのに不便という側面もあるのは事実。なのでオンラインでも買えるということを適切な手段で伝えたり、それこそオンライン物産展など魅力的な内容を絡ませ、渋谷に来る幅広い世代に東急百貨店を知ってもらい、利便性を高めていきたいです。

――両社の今後の展望を教えて下さい。
小林(東急百貨店): まずは今取りかかっているオンライン広島物産展のスケールアップを狙っています。対象地域も広げたいですね。内容もただ美味しいものを買うということだけでなく、例えばその地域出身の方に故郷を懐かしく感じてもらうなど、面白い施策を3rdcompassさんとしていきたいです。
木村(3rdcompass): 前述の通り、3rdcompassは生産者支援という思いから始まっています。これがアフターコロナ、DXという文脈の中では、単にインターネットで商品が買えるというところから、商品を動画なども含めてどう伝えるか、というフェーズに変わっています。ここへの対応を広げていきたいです。
もう一点はデリバリー。商品をお客さまの手元にワンストップで届け、いかに感動してもらうかは引き続きの課題です。DXで終わるのではなく、OMOをどう構築していくか。これが3rdcompassの次の課題です。
東急百貨店さんとの協業という文脈では、D2Cという枠にとらわれないで、ポップアップショップなのか他の施策なのか、次の取り組みをしていきたいです。お店がどんどんなくなっていくなかで、オンラインを上手く使うという視点からご一緒できれば、また新たな価値が作れると思います。よろしくお願いします。
小林(東急百貨店): そうですね、こちらこそよろしくお願いします。本日はありがとうございました。

(執筆・編集:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)